シンポジウム「文化芸術は誰のもの?」参加者レポート④

「文化政策と現場のはざまに立って考える」

笠島麻衣(一般財団法人 田中記念劇場財団 事務局長)

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 私と文化芸術との関わりは、幼少期に自宅近くに劇場(札幌市こどもの劇場やまびこ座)がオープンしたとこからはじまりました。現在は2024年春オープン予定の小劇場の開設準備を行っています。以前は、(公財)北海道演劇財団にて劇場運営と演劇制作に携わっていました。

 今回の講演で特に印象に残っているのは、佐野真由美さんの講演にあった「連携」への疑問についてです。私自身、今まさに小劇場の開設準備にあたっており、劇場が街の人々といかに関わっていくかということを考えていたところだったので、このような疑問が投げかけられたことに、少なからずショックを受け、緊張感をもって講演を聞きました。
「文化芸術振興基本法」(2001年成立)を改正する形で、2017年に「文化芸術基本法」が成立しましたが、改正事項には、他分野・他機関との連携を推進する内容が繰り返し明記されています。これに対し佐野さんは、連携すること自体が先んじてしまうと、事業実施の弊害となる場合があり、気を付けて扱わなければならないとのお話をされました。相互理解のためのコミュニケーションに時間と体力を注ぎ、疲弊してしまう場合もあるのでしょう。連携することで、必ずしも新しい良いものが生まれるとは限らないという現実を、改めて知ることができました。
もうひとつ、講義の中で印象的だったのは「市民が文化を享受する」という観点の落とし穴についてです。現在、日本の文化政策において、文化を享受すべき対象は、すべての国民となっていることに対し、全員ではなくてよいのではないか。そのことが文化芸術の振興を妨げてはいないかというものです。
公的機関への補助金申請は、これまで度々行ってきましたが、申請書を作成する際、申請事業の魅力を語る一場面として、いかに多くの、そして多様な市民が楽しめるものなのかをアピールしていたことが自分のなかで思い当たりました。公的資金を活用するのだから、と半ば無意識的だったかもしれません。補助事業の採択審査については、総合的な判断によるものだと承知しているものの、一方で極端な考え方をすると、この文脈が根強く残っていることで、みんながおもしろいと感じる文化芸術に多く公的資金が活用され、発展が促されるということになります。そんな状況を覆そうと、佐野さんが代表をつとめる「新しい文化政策プロジェクト」では、様々な課題に取り組んでいる様子についても、今回新たに知ることができました。
今回のシンポジウムで話し合われた多様な考えや課題について、演劇の得意分野でもある「対話」が、何かしらの役割を担えるのではないかと期待を寄せつつ、これらについて今後じっくり向き合っていかなければならないのだと、思い知らされました。

札幌に限らず、文化芸術に携わる人々は、それぞれ異なる環境や状況のなか活動しているため、課題や社会との関わり方も、やはりそれぞれ異なります。また、享受する側も同様です。そんななか、異なる者同士が、ひととき同じ方向を向いて対話する場があることは、とても貴重で重要だと思います。北海道シアターカウンシルの皆さまにも、それぞれの活動があるなかこのような場を用意してくださったことに感謝して、自分の成長にも活かしていきたいと思っています。

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【関連情報】
一般財団法人田中記念劇場財団(2024年春OPEN予定「北八劇場」)
https://tmtf.jp/
●シンポジウム「文化芸術は誰のもの?」開催概要はこちらをご覧ください。
https://s-e-season.com/jlyp2022/news/20220603.html
講師おふたりの関連情報は以下をご参照ください。
・佐野真由子(京都⼤学⼤学院教育学研究科教授)  新しい文化政策プロジェクト
https://cp.educ.kyoto-u.ac.jp/cp-pro/
・戸舘正史(松山ブンカ・ラボ ディレクター/愛媛大学社会共創学部助教) 松山ブンカ・ラボ
https://bunka-lab-matsuyama.com/