この作品って、どんな作品?

イレブンナインプレゼンツdEBoo#1「12人の怒れる男」

手を抜けない役者。観客に与えられた自由。その微妙な緊張感が魅力。

日本では三谷幸喜監督による有名なオマージュ作品「12人の優しい日本人」で
間接的に知ったという人も多いかもしれない。
法廷ドラマの金字塔とも評されるこの作品は、
これまで世界中で映像化・舞台化されてきた、言わずと知れた傑作である。
そうして過去に何度も形になった既存の戯曲を上演するという作業には、
それ相応のプレッシャーがあるのではないか、と想像する。
「金字塔」なんていう代名詞がつく作品となれば尚更だ。
劇団イレブンナイン演出の納谷真大とプロデューサーの小島達子は、
2014年の初演で、敢えてその道を選んだ。
言い出しっぺだという小島プロデューサーに真意を聞いたところ
「主宰の納谷さんが脚本作りに苦しんでいるのを見かねて(笑)」という思わぬ本音も
返ってきたが、それはさておき、
「高校時代に見たこの名作をずっと忘れられずにいて、いつか〝環境〟が整ったら
挑戦してみたいと思っていた」とのことだった。
そして彼女の言うその〝環境〟とは、即ちこの脚本に耐えうる〝役者〟のことだったという。
つまり、『役者が揃った』という意味だったのだろう。
だから今、青春時代に得た感動をここ札幌で再現するという挑戦に踏み切ったというのだ。
 ph なるほどそれなら見てみたい、僕は素直に劇場に足を運んでみた。
中央に置かれた舞台を挟む形で客席が2方向に分かれるステージ設計が、
開演前から不思議な緊張感を生んでいる。
観客は、陪審員の審議を実際に傍聴しているような感覚にとらわれ、
無理なくストーリーに引き込まれていく。納谷版「12人」の始まりだ。
そこに次々と登場する小島自慢の役者(陪審員)たち。
富良野GROUPの看板・久保隆徳さんをはじめ道内外で活躍する実力派が揃う中、
僕にとってはちょっとしたサプライズが訪れた。
まるで隠し玉としか思えない異質なオトコが精鋭に混じってつらっと現れたのだ。
HTB社員ディレクターであるクボイ君。
ん?
普段は裏方スタッフの彼が目の前で〝芝居〟を始めたのである。
誰かの代役?
いや、聞けば正式にキャストとして参加しているという。
まじで?
このクボイ君という男は私の後輩であり、長年同じ番組で過ごした仲間なのだが、
芝居をした経験があるなんてことは一度も聞いたことがないし見たこともない。
そう、明らかにズブの素人なのである。
その彼が大勢の観客の前で〝芝居〟をする。
これはどちらかと言えば「無謀な挑戦」に近い。
恥ずかしいやらこそばゆいやらで、私などは到底舞台を直視できるワケがなかった。
そして案の定、他の役者に比べ少々見劣りしていたことは否めない…
申し訳ないが本音である(笑)。見たのが初日だったから余計だったのかもしれないが。
まあ、彼に悪意はないし敵意もないのでこれ以上この件に字数を割くことは避けるが、
小島達子よ、「役者が揃った」とはこういうことだったのか・・・?
話題作りのトリックにしてもホドがあるぞ!
いきなり身内の芝居を直視しなければならないという重たいハンデを課せられた僕は
正直そう思った。
ところが、である。
緻密に練られた古典戯曲の力がなせる業か、
全部で12人もいる周囲の実力者の演技に底上げされてか、
次第にクボイ君の存在が気にならなくなってくるから不思議である。
内容に、役者の熱に、あれ?引き込まれていく…。
身内が出ているというこの上なくこっぱずかしいハンデを背負った僕でさえ、
いつの間にか納谷演出のマジックに取り込まれていた。

そしてもう一人、別の意味で釘付けになったオトコがいる。
僕の担当番組にも数多く出演頂き、本業はお笑い芸人として活躍するオクラホマの河野真也君。
以前私はこの作品のアメリカ映画版をDVDで見たことがあったが、
確か100キロ超級のデブは出ていなかったはず。
恰幅のいい〝少々太め〟くらいのオジサンはいても。
これも小島プロデューサーの気まぐれか、納谷マジックのワナか?
それともただの目くらましか?などと思っていたら何たる杞憂。
彼の緻密にして繊細な芝居にグイグイと引き込まれてしまった。
デブなのに。
あ、それは全然関係ないか。
もともと頭の回転が速い芸人さんだとは知っていたが、
ここまで頭脳的で理論派の役を細やかに演じられるものなのかと感動すら覚えたほどである。
デブのくせに。いや、全然関係ないな。
素直に、素晴らしい舞台役者だと拍手を送った。
 ph ちなみに、これはテレビ屋のボクが言うべきことではないような気もするが、
十数年前のその映画版を見た時に漠然と感じたことがあった、ことを今思い出している。
12人の役者が同時にそこに存在しながら、演出意図によってカットが切り取られ、
見る側が見たいものを自分で選択できないという映像の限界、という点についてである。
もちろんその編集のお陰で登場人物の思考や人格、表情、癖などが分かりやすく描かれ、
見る側は感情移入もしやすくなるし、状況理解もしやすくなる。
それが映像作品の利点であることも確かなのだが、
同時に少なからずその演出意図に導かれることで、観客の視野は狭まり(焦点を合わされ)
イマジネーションが制限されることにもなりうる。
その点、演劇には観客が想像力を働かせて好きに視点を変えられるという自由がある。
誰を見たっていい訳だ。観客に許された想像の自由。
これが演劇の持つ大きな魅力の一つだと、個人的には思っている。
しかもこの作品のように一つの舞台に12人もいて、それが全員ほぼ出ずっぱりとなれば
その選択肢は増え、醍醐味も増して当然である。
休む暇もない12人の役者は大変だが、
しゃべっている人以外の11人の表情、芝居が実はとても面白いし、
個性豊かで実力も備えた12人が同じ時間、一つの空間で絶妙に絡みながら生み出す、
熱の塊みたいなものはその場に居なければ体感できない迫力である。
僕がクボイ君を忘れられたのもこの熱の塊みたいなもののせいだったのだろう。
誤解を恐れずに言ってしまえば(これまたテレビ屋が言うことではないかもしれないが)、
映像は、ぶっちゃけ多少手を抜ける。
演劇は、袖に引っ込む以外にそれはできない。
セリフをしゃべっている人よりむしろ、聞いている人の顔=つまり「リアクションの芝居」にこそ、
人の本質や演技の真髄は表れるのかもしれない、この舞台を見ながらそんなことを思った。
役者にとっても観客にとってもこの緊張感は生の舞台以外ではなかなか味わえないものだろう。
過去に映像で見たことがある人も、劇場でこの醍醐味を味わう価値は十分にあるはずだ。
 ph さて、〝再演〟となる今回。
なんと私のかわいい後輩・クボイ君は、前回の舞台出演後、
それが影響したのかどうかは分からないが東京支社に異動となってしまった。
つまり今回は出演しない。
その代わりに全国で活躍する演技派が客演として登場すると聞いている。
つまり、クボイ君には大変失礼だが、
初演に比べ役者という点では間違いなくグレードアップしているはずだ。
今回こそ、プロデューサー小島達子が狙っていた「役者が揃った」舞台が
本当に実現するのではないか、と秘かに期待を寄せている。

「まだ一度もこの作品を見たことが無い」という人は当然戯曲も含めて楽しめるし、
映画で見たことがあるという人には、演劇の醍醐味と納谷演出のマジックが味わえる。
そして僕のように前回の初演も見たという人は、役者のグレードが格段に上がったであろう
〝クボイ抜き〟の完全版を見ることが出来る(笑)。
役者全員ほぼ出ずっぱりだから、気に入った(好きな)俳優さんだけをずっと見続けてみる、
なんていう見方も面白いかもしれない。
ステージの作りは今回も前回同様、舞台をセンターに置いた全方位スタイルの予定だという。
劇場全体に漂う緊張感の中、360度囲まれたリングのような舞台で体を張る役者の芝居力に
是非、浸ってみてほしい。
 ph

※写真は杉山さん(中央)

杉山 順一

HTB北海道テレビ 編成局総合制作部 プロデューサー/ディレクター
1990年代初頭より鈴井貴之氏やTEAM NACSメンバーらと共に「モザイクな夜」、
「ドラバラ鈴井の巣」等の深夜バラエティ番組を制作するほか、情報番組「イチオシ!」や
スポーツ番組を歴任。現在は深夜バラエティ「ハナタレナックス」プロデューサーを務める傍ら、
情報バラエティやドラマ制作にも携わる。

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