北海道網走南ケ丘高等学校 演劇部公演
「はしれ、たくしぃ!」
の感想
タクシーにはドラマがある。人はいろんな事情でタクシーに乗り、運転手と乗客は一期一会(じゃないときもあるけど)、つかの間の出会いと別れ。それがタクシー。
タクシーの物語はそういう人情系になりがちだけど、この舞台はそこにスペクタクルを加えた。タクシースペクタクル。
網走南ヶ丘高校演劇部『はしれ、たくしぃ』。山本拓志(やまもとたくし)はその名のとおり生まれながらにしてタクシーと運命づけられたかのような男。タクシーと会話ができるのだ。
なんのことやら? と思うかもしれないが、まるでタクシーの妖精のような2名が車の左右にいて、車輪やドア、ウィンカーの役目を果たす。拓志だけは会話ができて、状況説明やストーリー進行もしてくれる。ときにはコメディリリーフにもなる。
タクシーには土台部分もあって、車の先頭、運転席と助手席、後部座席の3つに分割することができる。タクシーがカーブするとき、前・中・後がジャバラのようにズレて左右に広がり、曲がってる様子が立体的に表現される。まるで「欽ちゃんの仮装大賞」みたいだ。
さらに前・中がはずされて、後部座席に隣り合って座るふたりだけになると、まるで映像のクローズアップのような効果が生み出される。すごい。タクシーのなかの閉じた世界が、舞台の上にひろがる快感だ。
物語は前半、拓志のタクシーに乗った乗客たちを描いていく。連作短編のように話がつむがれ、ジャンルはアクションありコメディありホラーありと幅広い。なかにはきっぱりとしたオチがあるわけでもなく自然と流れていくようなものもあり、味わい深い。
後半になると拓志を描く時間が増す。彼の人生にもさまざまな変化が訪れ、この舞台が乗客を描くだけではなく、タクシーという仕事を通じて拓志自身を描く物語なのだとわかってくる。
さらに僕はむしろこっちに感情移入してしまったのだけど、拓志とタクシーの物語でもある。長い間、時間と場所を共にしたタクシーと拓志との関係。いろんなことがあり、おたがい歳をとったけど……。
記憶違いでなければ途中タクシーは新車になって、妖精的な2名も新車に乗り移る。それはなくして古いまま一台のタクシーで物語を通すことはできなかったのだろうか。そこだけは疑問だった(記憶違いでなければ)。
山本拓志を演じた浮須翼は、ちょっとしゃがれた声が職人的なタクシー運転手のよう。拓志の人生を好演した。拓志の妻・香織役の吉田綾乃も、拓志とおなじように長い人生をうまく演じ分けていた。卓志の娘・彩也香役の渡部遙菜は、父である拓志の気持ちをわかる部分もあるけれどまだ自分が優先。そういうリアリティがあった。
タクシー役の2名は加藤蒼己と小柳百花。加藤はユーモラスで小柳はしなやかでお茶目。タクシーをふたりで演じるというのもおもしろく(両輪ということなのだろうか)、ひとりで演じるよりもふたりの差があってよかった。バレー経験者なのだろう小柳の身体表現も目を引いた。
ほかにもさまざまな役があり、突拍子もないタクシーの乗客がいたりしてにぎやか。フィクションとしては飛んでる部分もあるけれど、拓志周辺のドラマをしっかり描くことで地に足の着いた舞台になっていた。
北海道苫小牧東高等学校 演劇部
「やっぱり、こっちがいい」
の感想
脚本がいい。
もちろん演出や仕掛け、役者もいいのだけど、やっぱり脚本がいい。
とにかく活きがいい。描いているひとつひとつが跳ねている。“その人”でなければ書けない脚本であり、もしかしたら“この時期”でなければ書けない脚本なのかもしれない。
手慣れた脚本書きならさーっとならして平坦にしてしまうようなところを、出っ張ったまま、へっこんだまま、そのままにしてズイズイ押し通していく。この感性がずっとつづくのか、それとも凡百の脚本家とおなじようにいつかさーっと平坦にならすような書き手になるのか、それはわからない。
だけどいまは。すくなくともいまはこれが書けている。
苫小牧東高校演劇部『やっぱり、こっちがいい』。風変わりなマスターというのは控え目な表現で、まあ変人といっていいけどどこか憎めない男がいる喫茶店が舞台。そこに下校してきた高校生たち。女子グループと男子グループがやってくる。
メインとなる話はもっぱら恋愛だけど、描き方がおもしろい。ひとつの筋らしきものはあるのだけど、話はあっちに飛んだりこっちに跳ねたり。過去の宿泊研修話や人気アイドルの四股騒動、だれとだれが付き合って、別れた、元カノ、元カレ……それらが男女2つのグループで別々に語られ、エピソードは散逸するけどいつしかそれが結びついていたり(これは人間関係と相似する)。
物語を、そして舞台上を自由自在にあやつるマスターは作・演出の晴山能の分身だ。この役がひたすら道化で、あざとくドラマをつくらないところがいい。はじめから終わりまで変なマスターで、それでいて本編にからみつつ、なおかつ彼の功績はなにもないところがすてきだ。これは演じた澤田彪哲の軽やかな演技のおかげでもある。
本編において男子2名が掛け合いを繰り広げるところははっきりいってコントや漫才の間や演技で、通常のお芝居とはまったく違う。しかしセリフの速度を上げ、次から次へと繰り出される語り、生み出される物語は実に痛快。いまこの場で舞台が作りあげられていくような、圧倒的なリアルタイム感があった。荻野永遠を演じた櫻井秀の語りの魅力もすごい。
終盤、とある展開で、3つの音がおなじ、というシーンがある。これだけバカをやり、ぶっ飛んだことを描いていたのに、そんな繊細な、そんなワンダーなことも書けるのか。そして舞台上でそれを表現できるのかともう恐れ入りました。ありがとう。いいものを観ましたよ(そのシーンの役者もよかった)。
とにかく自分がおもしろいと思うものを書いて、みんなで舞台の上で表現した。こんなすばらしいことはない。いつか消えるかもしれないし、いつまでも持ちつづけるかもしれないその感性を、さあつぎは香川の全国大会、ぶつけるしかないでしょ。