ゲキカン!


俳人、文芸評論家 五十嵐秀彦さん

札幌演劇シーズン2024のトップバッターは札幌ハムプロジェクトの「カラクリヌード」。
1年前にもハムプロは「黄昏ジャイグルデイバ」で演劇シーズンに参加していたが、あの中年ファンタジー劇とはずいぶん印象の違う作品だ。

初演が2009年で以来15年間何度も公演を繰り返し、練りに練られたハムプロ原点の作品。同作を演劇シーズンでも2016年に披露していて、再演という意味もある。
とは言え、個人的には初見だったので、あらまあ! これはこれは! なんと! ひゃー!というほどに感嘆符を並べながら観ることができた。

今回、俳優だけではなくダンサーも多数加えたキャスト構成で、終始10数名の役者たちがステージいっぱいに群舞する。
正直、いきなり観ると筋がよくわからず、あれよあれよという展開に面食らってしまう。
なにより特徴的なのは、舞台にセットが全くないこと、役者は全員黒衣であること、SEも役者が自分の口でまかなってしまうこと(つまりSEはセリフのひとつとして「バババババ!」「ビローン!」みたいな具合)。
ロボット技術とクローン技術が発達した近未来のデストピア・ニッポンが舞台という設定。激しく動く役者たちが人間なのか、ロボットなのか、人間+ロボットか、クローン+ロボットか、まるで見分けがつかない。だって全員普通に黒衣の人間の肉体そのままだから。
うわ! 分かりにくい! と思ったが、それも含めて実は周到に考え抜かれた舞台であることがだんだん納得できるようになる。
開演早々に「作家」(実際の脚本家・すがの公さん)が乞食の風体であらわれ口上を述べるシーン。
ここにこの舞台の根本的な設定が実は説明されているのだが、私がそれにはっきり気づいたのは芝居が終わっての帰り道だったね。(血の巡りが悪いよなぁ)
舞台全体が作家の語りだったのだ。
だから絵的に具体的な説明は皆無なのである。
人の語りを聞きながらその内容を想像するように、何も無い舞台の上での一様に黒衣の役者の肉体表現を観客は想像で粉飾して見ていかねばならないのだ。
その上、とりとめの無い語りがたいていそうであるように、時間軸はめちゃくちゃ。
6000メートルの地下で鉄を掘り続ける「鉄のモグラ」と呼ばれる機械人間たちと地上6000メートルの「空のクジラ」と呼ばれる超高層ビルの上のプリンセス。この12000メートル引き離されたモノの間に発生した「愛」の物語。
場面を説明するセットも無く、個人を特定する衣装もなく、役者も時には名を持つ登場人物になったかと思うと、すぐに群れの中の「鉄のモグラ」になっていたりして、大混乱。
そのアナーキーな舞台を唯一組織化しているのが群舞だと言っていいかもしれない。
この迫力たるや相当なもので、常に舞台から客席に向かって尋常ではない圧となって吹きつけて来る。
それぞれが勝手にセリフを叫ぶ。声が声に覆いかぶさるので何を言っているのか断片的にしか聞こえてこないし、時にそのバラバラがいきなり一体となって同じセリフを群唱する。それがまた何を言っているのかよく聞き取れない。
しかし強烈な圧と目まぐるしい時間の交錯が、ひとつの物語として説得力を持って舞台を支配していく。
最初はなにがなにやら、と困惑して観ていても、しだいに物語の全貌のようなものを感じ取るようになる。
その過程の大半が観客の想像力にあるところに、この作品の極めて特異な見どころなのだろう。

何度かセリフに現れる「幸せ、愛、神」がキーワードとなるが、その正体は疑問のままに舞台は進行する。進行というより旋回すると言ったほうがふさわしいか。
声のSEの他に印象的なのは、ときどき流れるフォーレの合唱曲の象徴的な響きと、終盤に「音楽家と作家」の登場で蝦名摩守俊さんの唄うテーマ曲「僕にはこれしかできないけれど」のせつなさが胸を打つ。
力で押してゆくステージのように見せて、作家の語る虚構として物語のテーマを感じさせる趣向には感心させられた。

さて、この混沌とした舞台のテーマとは結局何だったのだろうか。
それは案外シンプルなものかもしれない。
しかし、答えが必要なのではない。
この混沌からいくつもの物語を感じ取ることが醍醐味だ。
あなたにとって、この黒い舞台は何を見せてくれるのか。
私の見たAキャストでは「ゼロ助」のリンノスケさんの鍛え上げられた肉体美に目を奪われた。だからこそBキャストの小林エレキさんの「ゼロ助」も見たくなってしまうのだった。

ともあれ、あなたの想像力がこの舞台を完成させる鍵となるだろう。
この公演はキャスト構成を替えながら7月20日まで続く。
シーズンのトップバッターにふさわしい熱気あふれる舞台。お見逃しなく!

五十嵐秀彦(いがらし ひでひこ)
1956年生れ。札幌市在住。俳人、文芸評論家。
俳句集団【itak】代表。現代俳句協会理事。
北海道文学館理事。
北海道新聞「新・北のうた暦」(共同執筆)、「道内文学時評」執筆。
朝日新聞道内版「俳壇」選者。
月刊「俳句」(角川書店)「令和俳壇」選者。
著書 句集『無量』(書肆アルス)
1995年 黒田杏子、深谷雄大に師事。
2003年 第23回現代俳句評論賞受賞。
2013年 北海道文化奨励賞受賞。
2020年 藍生大賞受賞。
漫画家 田島ハルさん

「右や左のだんなさまー。よってらっしゃいみてらっしゃい。これよりご覧いただくは、奇想天外摩訶不思議、近未来SF純愛浪漫譚『カラクリヌード』でございます。隅から隅まで、ずずずいっと、おん願い申し上げ奉りまするー」

ボサボサ白髪頭のアヤシイ作家役に扮した札幌ハムプロジェクトの代表、すがの公さんの威勢の良い呼び声を皮切りに、続々と役者達が舞台上に現れた。セットも段差も無い真っ黒な素舞台には、客席との境い目も無い。黒い服を纏った役者達はその闇の中に溶け込んでいる。蝦名摩守俊さんが爪弾くギターの情熱的な音色に合わせて、徐々に世界が熱を帯びていく。さあ、ここから何かが始まるぞ!私の期待はぐんぐんと高まっていった。

物語の舞台は近未来のニッポン。戦場へ中古ロボットを輸出することでこの国は成り立っている。地下6000メートルにあるレアメタル採掘工場で働く「鉄のモグラ」と呼ばれる人間とロボット達。一方で、富裕層の人間は地上6000メートル超高層ビル「空のクジラ」に住んでいる。空のクジラに住む人間、リコ(傍嶋史紀さん)に恋をするロボットのゼロ助役には役者、ダンサーとしても活躍するリンノスケさん。札幌から東京に活動の拠点を移されてから久しく拝見したが、肉体のパワーと美しさに益々磨きがかかり、静かな立ち姿も映える。愛を求めるゼロ助の咆哮が劇場に響き渡っていた。

人間とロボットの純愛ストーリーといった、恋物語とひと括りで語れるものではなく、母と娘、夫と妻、様々な関係からあぶり出される不器用で歪な人間の姿を描いた物語でもある。特に印象的だったのは、河野千晶さん演じるアサコが娘のリコに最後に残した、指で書く平仮名二文字の場面。涙なしには観れない。

更にこの作品に厚みを持たせているのは、やはり役者の力だろう。劇中で「ホットバッジ」と呼ばれる発光体の小道具一つを手に、身体と声を響かせながら縦横無尽に駆け回る。ホットバッジは戦場での場面では銃弾になり、ある場面では、心と心を繋ぐ灯火になる。無機質な舞台上に、隣り合わせの死のにおいや風の音、土の冷たさが次々に表れては消えていく。観る人の五感を刺激する表現力に圧倒された。作り手の表現力と観客の想像力が一体となって初めて完成する演劇の醍醐味がこの作品には全て詰まっていた。

終盤では、蝦名摩守俊さんの温かく優しい歌声が観る人の心を一つ一つ束ねていく。深い地中から雄大な空へと羽ばたいていくような景色が見えた。

なんと、本公演は中高生を無料で招待しているというので(太っ腹!)、今まで演劇を観たことがなかった学生さんにも、気軽に劇場のコンカリーニョへ行ってほしいと思う。また、AキャストとBキャストと配役が入れ替わりに上演されるので、作品の雰囲気が変わるのも見所。一度だけでなく二度楽しめる。

国内外で15年間上演され続けてきた作品だ。演劇の世界に入り込んだきっかけはこの作品だった、という人が今までもこれからも広がりそうだ。

田島ハル
札幌生まれ札幌在住の漫画家・イラストレーター。小樽ふれあい観光大使。2007年に集英社で漫画家デビュー。角川「俳句」で俳画とエッセイ「妄想俳画」を連載中。XとInstagramで漫画「ネコ☆ライダー」を描いています。フォロー宜しくお願い致します。
X/Instagram
作家 島崎町さん


2016年の札幌演劇シーズンでこの劇を観た。そのときのことを覚えている。

冬まっただ中の公演で、観劇後、シアターZOOから出ると冷気が僕をつつんだ。だけど全然寒くない。凍てつく外気と僕の熱気がちょうど釣りあって、むしろ気持ちがよかった。

劇の熱さをカイロ代わりにして、僕は冬の札幌を歩いて帰った。

それから8年、今度は夏の札幌、コンカリーニョを舞台に『カラクリヌード』が帰ってきた。2009年の初演以来、日本各地で公演し、韓国公演も行った。今回は6月に東京公演を行い、ダンサー&ミュージシャンとのコラボという新しい取り組みを加え、表現の幅が広がっている。

前回は物語や人物や表現をぎゅーっと突き詰め、一点に収束していくような、圧縮していくような舞台だったが、今回は広がりや奥行きのある、懐の広さを感じた。

作家役のすがの公と音楽家として出る(演奏もする)蝦名摩守俊は本編の外の人物で、それ以外の15人が黒い素舞台を縦横無尽に動き回ると、なにもない場所につぎつぎとシーンが生まれていく。

若きすがの公が書いたこの物語は、SFやアクションやドラマに、笑いや現代批評を詰めこんだ盛りだくさんの内容だ。場所も時系列も入り組んではいるけれど、物語をぐいぐい動かしていく衝動がある。

この劇全体に通底するのは怒りや憤り、やるせなさ、そこから生まれるエネルギーだ。それが、時を経て場所を変えても、なんら変わることはなく観る者の胸に響く。

物語の軸はロボットであるゼロ助(リンノスケ/小林エレキとのWキャスト。以下略)と人間であるリコ(傍嶋史紀/縣梨恵)だが、周囲の人物たちも生き生きとしてすばらしかった。

権藤(江田由紀浩/籔中耕)、テンコ(寺地ユイ/渡辺ゆぱ)、タネ(小田川奈央/山﨑彩美)、アサコ(河野千晶)、工場長(前田透)……あげていくとキリがないのだけどせっかくなので全員書く、咲坂(山田ヒデノリ)、夢見(由村鯨太)、柏木(石井辰哉)、そしてモグラたち。

ゼロ助とリコとその周囲の人物たち、人間もロボットも富者も貧者も、自分の物語を語りたくて仕方がないような、この人生を聞いてくれと叫びかけてくるような舞台だった。

その思いが、空気をふるわせ客に伝わり、体と心が熱くなる。8年ぶりの『カラクリヌード』。熱い気持ちをいだきながらコンカリーニョを出ると、外は暑い夏だった。

島崎町(しまざきまち)
作家・シナリオライター。近著『ぐるりと』(ロクリン社)は本を回しながら読むミステリーファンタジー。現在YouTubeで変わった本やマンガ、絵本など紹介しています! https://www.youtube.com/channel/UCQUnB2d0O-lGA82QzFylIZg
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