ゲキカン!


俳人、文芸評論家 五十嵐秀彦さん

札幌演劇シーズンとしては、やや意外な作品を観たと感じた。
脚本演出・出演の森崎博之、NHKの「北海道道」のMCでも有名でCREATIVE OFFICE CUEの会長でもある鈴井貴之。そして、CREATIVE OFFICE CUE所属のアイドル・グループNORDから舟木健、安保卓城、瀧原光の3人、劇団イレブンナインから坂口紅羽という顔ぶれ。
坂口さんが小劇場劇団からの参加である以外は皆、北海道ではメジャーだったりエンタテインメント寄りの人たちで、この日「かでるホール」を埋め尽くしたお客さんたちの様子も含めて開演前から華やいだ雰囲気だった。

この作品は北海道の片田舎を思わせる寒村「恵織村」が終始舞台となっている。その村での長い長い歳月そのものが描き出されていた。
五作(鈴井貴之)という不思議な男と、彼が守る神木の存在。三世代に渡る物語が、過去と現在だけではなく未来も含めて絵巻のように展開する。時間軸は未来過去現在と流動するが、わかりにくさはなく納得感のある組み立てだった。
五作と村の神木の悲劇。その精神を受け継ごうとする人々の努力が、壮大に時空を超えて演じられ、感動的だった。

この作品が訴えているのは「うぶすな」とは何かということだろう。
「うぶすな」とは故郷のこと。本来、人は「うぶすな」と切り離せない存在である。物理的に切り離されることがあったとしても、人の魂の還るべき場所としての「うぶすな」があり、それは単なる土地ではなく堆積した魂の「場」なのだ。
とは言っても、現代においてそれが非常に希薄になっていることを誰もが気づいているはずだ。
「うぶすな」を失うということの意味を問いかけてくる舞台だった。

村の若者たちに太鼓を教える奇妙な老人五作を演じる鈴井は終始舞台に立ち続け、人気者の青年俳優たちが駆け回り、舞台の熱は高く、特に太鼓の見事な演奏! 森崎博之も女装で奮闘。2時間という長さも気にならない。クライマックスも見どころで、途中にもかかわらず大きな拍手が起きるほど観客を引き込む演技であり構成だった。

この作品は2007年にTEAM NACSとして東京、大阪、札幌で公演をし、4万8千人の動員を記録したという「当たり狂言」で、再演希望の多い作品だったようだ。
名作の再演を基本とする札幌演劇シーズンとしては、当然出てくる企画だったろうし、ぼくが観た回もかなり広い客席が満員だったところを見ると、多くの人の希望が叶えられたのだろう。
終ると同時に一斉にスタンディングオベーションとなり、ぼくはかなり驚いたのだが、それも大きな期待が実現したことへの観客の感謝があってのことに違いない。
期待に十分応える内容だった。

五十嵐秀彦(いがらし ひでひこ)
1956年生れ。札幌市在住。俳人、文芸評論家。
俳句集団【itak】代表。現代俳句協会理事。
北海道文学館理事。
北海道新聞「新・北のうた暦」(共同執筆)、「道内文学時評」執筆。
朝日新聞道内版「俳壇」選者。
月刊「俳句」(角川書店)「令和俳壇」選者。
著書 句集『無量』(書肆アルス)
1995年 黒田杏子、深谷雄大に師事。
2003年 第23回現代俳句評論賞受賞。
2013年 北海道文化奨励賞受賞。
2020年 藍生大賞受賞。
作家 島崎町さん


この作品自体がまるで、劇中に現れる巨大な神木のようだ。

時間と空間を旅する壮大なファンタジー。観客は、ひとりの男の数十年という長い月日をともに歩む。

舞台は北海道の架空の町、恵織村からはじまり、海外、東京、そしてまた恵織村へと帰着する。2時間たっぷり使って密度の濃い物語が展開していく。

物語の幹の部分は、五作(鈴井貴之)という村の老人の人生記。謎めいた、ちょっと奇矯な老人なのだが、さかのぼって描かれる彼の人生は波乱に満ちている。それだけでもじゅうぶんおもしろいのだが、この物語はそこにとどまらない。

五作に太鼓を教わっていた4人のこどもたち(舟木健、安保卓城、瀧原光/以上NORD、坂口紅羽/ELEVEN NINES)がいて、彼ら彼女らの数奇な人生も同時に描かれるのだ。恵織村から東京へ出て行った3人と、ひとり残った者。そのひとりが3人をふたたび村へ呼びよせる。そのわけは……。

全然ジャンルは違うけど、スティーヴン・キングの大著『IT』をほうふつとさせる展開だし、東京へ出て行った仲間と残った者という構図は本作の作・演出・出演の森崎博之の姿にも……というのはちょっと飛躍しすぎだろうか。

五作の物語だけでなく若き4人の人生も描かれるさまは、太い幹からいくつもの枝が生き生きと伸びていくようだ。

そして、それら枝葉が収斂した太い幹は、北海道という広大な大地に根を下ろす。しっかりと土の中に張り巡らされる根。それはこの物語のテーマの部分、観客に届いたメッセージだ。

ある者にとってはこの物語は永遠の愛であり、ある者にとっては世代を超えて継承される人の思いだろう。あるいは人間という存在を越えた壮大で神秘的なものを感じる人もいるだろう。

観る者によって変わる思い。100人いれば100とおり、1000人いれば1000とおりの思いがあって、それらが無数に伸びて、しっかり大地に張りめぐり、この巨木を支える。

森崎博之脚本演出作品『HONOR~守り続けた痛みと共に~』。終演後、拍手が鳴りやまず、観客はスタンディング・オベーションで出演者とスタッフを称えた。

特に、これだけの物語を書き、舞台上に出現させた作・演出の森崎博之、そしてひとりの男の人生を生き生きと演じ、枯れていく美しさまで感じさせた役者・鈴井貴之に、僕からも大きな拍手を送りたい。

島崎町(しまざきまち)
作家・シナリオライター。2025年3月『ぐるりと新装版』をロクリン社より刊行。上の段と下の段に分かれ回しながら読む変な本として話題に。YouTubeで「変な本大賞決定会議」を配信中。 https://www.youtube.com/channel/UCQUnB2d0O-lGA82QzFylIZg
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