ゲキカン!


俳人、文芸評論家 五十嵐秀彦さん

今年の演劇シーズンのキッズ・プログラム作品。
やまびこ座は小さな子どもたちと若い親たちでいっぱいだった。
ストーリーは直球のアラジンと魔法のランプ。特に複雑なひねりはないし、アニメ映画で描かれていたようなきらびやかさもない。
ところがこれが、大人が見てもまっすぐに面白い。
いや、実によくできている。
子ども向けの芝居だから登場人物はわかりやすく誇張されているのだが、その誇張されたキャラクターがどれも実に憎めなく愛すべき人たちになっている。
これには役者の力が大きい。
大きいどころか、どの登場人物もこの役者あっての芝居だと思わせるほどの力を見せてくれた。いわゆる子供だましはかけらもない。

楽天的なアラジンを演じる⽥中春彦さんは、走り回るたびに舞台を明るくして、子どもたちをひきつけていた。
出演者は誰もがみなすばらしかったのだが、なかでも物語を転がしてゆく役どころの、悪い魔術師、指輪の魔人、ランプの魔人の3人の役者の魅力には、68歳ジジイの私も魅了されてしまった。
わたしはお前のおじさんだと偽ってアラジンに近づいて来るいかにも悪役風の悪い魔術師を演じた横尾寛さんは、大人向けの芝居をするときとちっとも変わらないクセモノ感を少しも丸くすることなくプンプン出していた。
意表を突くありえないほど背の高い魔人となって、あとを引くような独特の歌とともに登場する指輪の魔人の磯貝圭子さんの、魔人らしからぬ飄々感も笑える。磯貝さんは王様(!)も演じていて大きな玉座にちんまり座ってる姿もヘンテコで良かった。
そしてなんと言っても客席の爆笑をさらったのがランプの魔人の山野久治さん。
アラジンがランプを擦ると、ヘンテコな歌とヘンテコな踊りで登場する髭のおっさんだ。
子どもたちは怖がるどころかランプの魔人が出てくるたびに、まだなにもしないうちから爆笑。
ベテラン俳優たちが真剣にキッズ・プログラムに取り組む様子がヘンテコで、大うけにうける。
物語も音楽も役者もヘンテコ。テーマはヘンテコだ。
荒唐無稽な物語に子どもたちは引き込まれ、舞台の面白さに夢中になって見入っていた。
親と一緒に観たこの芝居の記憶は間違いなく子どもたちの一生の思い出になる。

大人は? 案外この舞台は大人向けなのかもしれない。
見終わったときに、なにか体の中や心のうちの悪いドロドロしたものがすっかり洗い流されたかのようなスッキリ感があった。嫌なことをぜんぶ忘れさせてくれるひとときを感じた。
そうだ。これは、デトックス芝居だ。
こんな体にいい舞台を子どもやその親たちだけに独占させていてはダメですよ。
中年も老人も後期高齢者も、この芝居を観ればスッキリするさ。

五十嵐秀彦(いがらし ひでひこ)
1956年生れ。札幌市在住。俳人、文芸評論家。
俳句集団【itak】代表。現代俳句協会理事。
北海道文学館理事。
北海道新聞「新・北のうた暦」(共同執筆)、「道内文学時評」執筆。
朝日新聞道内版「俳壇」選者。
月刊「俳句」(角川書店)「令和俳壇」選者。
著書 句集『無量』(書肆アルス)
1995年 黒田杏子、深谷雄大に師事。
2003年 第23回現代俳句評論賞受賞。
2013年 北海道文化奨励賞受賞。
2020年 藍生大賞受賞。
漫画家 田島ハルさん

劇場のやまびこ座の扉は不思議な世界への入口。幕が開けば、子どもから大人まで笑って歌って踊って、終わりにはみんながにっこり笑顔。劇のたまご公演「アラジンと魔法のランプ」の初日。劇場にきらめく魔法がかけられた、幸福に満ちた50分だった。

劇のたまご版の今作は、原作のアラビアンナイトの物語にそって創作されている。
叔父と名乗る怪しい男の手引きで、古びたランプを手に入れたアラジン。それは、こすると魔神が現れ、何なりと望みをかなえてくれる魔法のランプ。ハラハラドキドキのランプの争奪戦が繰り広げられる物語だ。

冒頭から次々と起こる展開に、「こんな話だったの!?」と図らずも新鮮な驚きの連続だった。あっという間に引き込まれて、アラジンと共に冒険の旅へと誘われる。子ども向けの、いわゆる子どもだまし的なものではなく、実力派の役者さんと作り手さんによる、「大人の本気」の舞台。大人でも充分に楽しめた。

この方無しでこの劇は語れないだろう、ランプの魔神役には山野久治さん。ランプをこすると、「♪キュッキュッキュッキュ~♪」と歌い、身体をくねらせてヘンテコなダンスを踊りながら現れる。魔神が登場する度に客席がどっと沸く。山野さんがまさか、札幌座公演「暴雪圏」で渋い警察官を演じていた同じ方だとは信じられない。とびきりチャーミングなキャラクターに大変身されていた。

また、指輪をこすると現れる、指輪の魔神の登場にも驚いた。高さが2メートル以上はあるだろうか。ピカピカ輝く衣装を纏い、歌って踊って、ぐるぐる動く!紅白歌合戦の小林幸子もビックリの、泣く子も黙る迫力のパフォーマンスだった。指輪の魔神役には磯貝圭子さん。磯貝さんが出演された札幌座公演「西線11条のアリア」の感動はまだ記憶に新しい。役柄は違えど、磯貝さんの歌声を聴くことができて嬉しかった。

小道具や舞台セットも見所のひとつ。次々と魔法のように現れる煌びやかな宝石や宮殿。どれもアイディアに溢れた物ばかりで、よーく見るととても手が凝っている。悪い魔法使い(横尾寛さん)が古道具屋に化ける場面では、何故か札幌市中央卸売市場のレトロな前かけが使われていたりもする。そんな発見もまた楽しい。

劇中では、客席の全員が作品に参加するサプライズもあり。これは劇場へ足を運んだ人だけのお楽しみに。

まるで飛び出す絵本を読んでいるように、次から次へとアッと驚く仕掛けがいっぱいの舞台だ。ページを捲る手が止まらずに、読み終わったらまた、最初のページに戻りたくなる。子どもから大人まで遊べて、むしろ大人こそ本気になって遊んでしまうだろう。

田島ハル
札幌生まれ札幌在住の漫画家・イラストレーター。小樽ふれあい観光大使。2007年に集英社で漫画家デビュー。角川「俳句」で俳画とエッセイ「妄想俳画」を連載中。XとInstagramで漫画「ネコ☆ライダー」を描いています。フォロー宜しくお願い致します。
X/Instagram
作家 島崎町さん


「劇のたまご」シリーズは「子ども向け」というよりは「親子向け」らしい。

たしかに子どもが観て楽しむだけじゃなく、大人も満足できる舞台だ。子どもたちに舞台の面白さを知ってもらいたいという思いと、大人たちにお芝居にもどってきてほしいって狙いもあるんじゃないだろうか。

『アラジンと魔法のランプ』。とにかく有名な物語だ。名前くらいはみんな知ってる。ディズニー映画にもなっている(けど僕は観ていない)。今回はディズニーとは違って原作に近い物語になっているらしい。

とにかく生の舞台ならではの仕掛がたくさんある。指輪の魔神(磯貝圭子/札幌座)はびっくりするほど縦に長くてけっこうビビる。そしてランプの魔神(山野久治/風の色)の迫力たるや。体ひとつ、特殊効果を使ってるわけでもないのに初登場時にどよめきが起こった(リアル札幌の魔神)。

魔法使い(横尾寛/ヨコオ制作所)に連れられたアラジン(田中春彦/わんわんズ)が、巨大な石の扉を開けるシーンや地下深くに降りていくさまはワクワクする。お姫さま(熊木志保/札幌座)もエキゾチックな魅力がある。

指輪とランプの魔神は登場するごとに一曲披露するというサービスぶり。曲は全体的に演歌・歌謡曲調。本来、異国情緒あふれる『アラジン~』のはずが、昭和の情緒に塗り替えてみせたのは音楽・斎藤歩だ。

1時間の舞台で泣き出す子どもはひとりいたけれど、子どもたちはおおむね舞台に集中して、最初と最後に行われる「劇のたまご」オリジナル振り付けは楽しそうに参加していた(中盤のアラジンへの難題、使用人? 友達? を100人集めるくだりでこの振り付けをみんなで行うというのはどうだろう?)。

子どもも大人も大満足して夏のいい思い出になるはず。そしてこれから、何度も劇場に足を運ぶようになれば……。

さてここからは大人向けに物語論を。ネタバレありで。

この物語は中盤、魔法のランプの力で大きな宮殿をこしらえたアラジンが、お姫様と結婚してふたり仲よく暮らす。めでたしめでたしだ。しかしそこで終わらない。

魔法のランプを探し求めていた魔法使いが、姫をだましてランプを奪い、魔神を呼び出し宮殿ごとアフリカへ移動して暮らしはじめる。宮殿も姫も奪われたアラジンは、指輪の魔神の助力もあって宮殿へ行き、策謀を巡らしてランプを奪還、姫も取りもどしハッピーエンドとなる。

この中盤以降の展開だが、じつは世界中にある昔話とおなじパターンなのだ。物語論をかじったことがある人ならご存じ、ウラジミール・プロップの『昔話の形態学』だ。

試練を乗り越え「報酬」(金や宝、地位、結婚相手)を得た主人公は「帰路」につくのだが、ニセ主人公の登場によりすべてを失う。その後、ニセ主人公と対決し正体を暴露して、最終的に結婚や報酬を得てハッピーエンドになる。

『アラジン~』も中盤以降、魔法使いがランプを奪い姫と暮らす。主人公とおなじ立場となるのだ。すべてを失ったアラジンは魔法のランプを取りもどし、真のご主人として魔神に命令し、姫を取りもどす。

では『アラジン~』において中盤以降の展開はどういう意味を持つのだろうか。ただおなじパターンだね、だけではない。

物語の前半は、アラジンの活躍はあるが魔神のランプの活躍だ。命令しているのはアラジンだが、結果的に魔神のランプのおかげで姫や宮殿、地位を得る。

しかし後半、アラジンは魔法のランプを奪われてしまう。(指輪の魔神の助力はあるが)自ら知恵を絞り、姫と協力して魔法使いを眠らせ、ランプを奪い返す。アラジン自身の力(と姫の力)によって困難を乗り越えるのだ。

冒頭、働かないで怠けていると母親になじられるアラジンは、知略に長け魔神を使いこなす青年として成長する。中盤以降の展開に、この物語の面白さと深さがあるように僕は思う。

島崎町(しまざきまち)
作家・シナリオライター。近著『ぐるりと』(ロクリン社)は本を回しながら読むミステリーファンタジー。現在YouTubeで変わった本やマンガ、絵本など紹介しています! https://www.youtube.com/channel/UCQUnB2d0O-lGA82QzFylIZg
pagetop