インタビュー

INTERVIEW

「一本の線を引くだけでも、自分で決めて描くということが子どもたちの自信の源になっていきます」

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合同会社ペン具 代表社員
卜部 奈穂子さん

 この秋、チ・カ・ホの愛称で親しまれる札幌駅前通地下歩行空間の広場に、久しぶりにライブのためのステージが組まれました。JAPAN LIVE YELL project北海道会場のプログラムとして5日間に渡って行われた「まちなかシアターINチ・カ・ホ」。このステージで、音楽、演劇、ダンス、ジャグリングなどのパフォーマンスとともに注目を集めたのが、舞台を飾った楽しい絵の数々。卜部さんが運営する「児童デイサービス ペングアート」の子どもたちの作品もステージを飾ってくれました。
 北海道ではいま、各地の福祉事業所が連携しボーダレスアートサポート北海道(BASH)を設立。障がいのある人だけでなく、高齢者や不登校、ひきこもりの子どもたちなど、既存の枠を超えさまざまな人たちに表現の場を提供しています。今回は、BASHの事務局長も務める卜部さんにお話をお伺いしました。

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ボーダレスアートサポート北海道(BASH)が舞台美術を担当した10月の「まちなかシアターINチ・カ・ホ」

ーまず、卜部さんが運営している「ペングアート」について教えてください。

卜部 「ペングアート」は、発達障がいのあるお子さんに対して、アートを通じてコミュニケーション力や自己肯定感を高める療育を提供している放課後等デイサービスです。小学生から高校生までが通っています。現在、札幌市内に2か所のスペースがあり、合わせて登録者数は120名程度、それぞれの事業所で一日10名までの子どもたちを受け入れています。
 また、学校を卒業したあとも作家として活動していけるように、土曜日に「アトリエペン具」として施設を卒業生に開放しています。こちらには20代から30代まで9名が在籍しています。ちなみに「ペングアート」という名称は「ペン」と「絵具」で「ペン具」という造語です(笑)。

ーいつもは、どのような活動をされているんですか。

卜部 いろんなタイプの子どもがいるので、その子に合うものは何なのかをまず確認していきます。アートが好きで、どんどん描きたい!という気持ちが強い子どもには、その溢れ出すものをしっかりと受け止められるような環境をつくります。中には自信がなくて「私はこういうことが好きです」とか「こういう風に描きたいです」ということすら言えない自信のないタイプの子たちもいます。でも、表現活動ってすごく重要で、ひとつの色を決めるだけでも、一本の線を引くだけでも、自分で決めて描くということが子どもたちの自信の源になっていくんです。
 ただ、自信のない子どもは、何でもいいから自由にやってごらんと言われてもどうしていいか分からない。なので、このようなガイド(写真A)を用意して、これに沿ってやっていけば素敵なものがつくれるよって言ってやっています。自由ってすごく難しいですね。でも、すごく大事にしたいことなので、自由を大切に扱い、いろいろな自由の在り方を提案していきたいと思っています。

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ーこれまで出会った子どもたちの中で、特に印象に残っているお子さんはいますか。

卜部 「musou」という子どもがいて、今は卒業生としてアトリエペン具でアーティストとして活動している青年ですが、最初出会ったときは小学校2年生で本当に小さな子もでした。「musou」は、すごく描くし、どんどん気持ちが溢れ出すタイプなのですが、まぁ元気なんです(笑)。座っていないし、目に入るものは全て触りたいっていう、大人が困ってしまうタイプの子でした。でもそれは裏を返せば、周りのものにすごい興味があるという証拠。彼の行動を、いろんなことを探求したいという気持ちの表れなんだと考えることができれば、彼のために何をすべきかがわかると思うんです。でも、「あれもダメ、これもダメ」となってしまうと大人も子どもも苦しくなってしまいますよね。

ーペングアートでは「musou」くんのために、どんなことを行ってきたのですか。

卜部 やっぱり環境を整えていくっていうことが大切で、例えば、ペングアートでは隣の友達が何をしているかがわからないようになっているんです。広々とした机で、さあ描くよって言われても、目の前で全然自分と違うことをしていたら絶対そっちに興味が行ってしまう。そこで、ここに来たらまずすぐ自分のやるべきことがわかるようになっていて、興味や関心がありそうなものをピックアップしておく。「musou」はそうやって環境を整えていくことで、すごい実力が発揮できたんです。順番にこうやってやるんだよっていうことがわかれば、どんどん描いていける。その子に合ったサポートが重要で、いまも、その子に合うものは何なのかを考えながら、いろいろ試しています。

ー卜部さんはなぜ、いまのような活動を始めようと思ったのですか。

卜部 昔から絵を描くのも好きだったんですが、もともとは福祉施設の職員をしていて、障がいのある方たちのサポートをしていました。その方たちがちょっとした時間に「なんじゃこりゃっ!」ていう絵を描き上げるわけです。それがすごく面白くって。だけど、絵に集中できるような場所も時間もないし、絵もチラシの裏に描いていたりするんです。もっとちゃんとした画用紙に描いたらすごい作品ができるのにと思いながら見ているうちに、この人たちの表現活動をもっとサポートしたいと思うようになり、もう一度学校行って心理学と美術を学び直したんです。
その後、17年くらい前からいまのような活動をはじめたのですが、最初は私一人でアートセラピー教室をはじめました。当時もいまも、子どもたちはすごい絵を描いてくれるのですが、障がいのある方たちは、先ほども言ったように、ある程度こちらで環境を整えていく必要があります。環境が整っていないと、集中できず、持っている力を発揮できなかったりします。すごい実力があるのに、絵を描くことに集中できず、走り回っちゃうとか。だったらその実力が存分に発揮できるような環境づくりができないかなと思い、それがペングアートをはじめるきかっけになりました。

ーもう20年近く活動を続けてこられたわけですが、今年は特別な1年だったのではないかと思います。コロナの影響で子どもたちも不安な時間を過ごしていたのではないかと思いますが、ペングアートの子どもたちはどうでしたか。

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自由な発想で描かれるペングアートの子どもたちの作品

卜部 ここに来ている子どもたちの中には、言葉の理解が難しかったりする子もいますが、そういう子どもたちであっても、「なんかちょっといつもとお母さん違う」っていうのはわかっていたみたいです。やっぱり不安がある、落ち着かないというのはありましたね。だからなるべく子どもたちの活動は、いつもと同じように課題をやって、好きな絵を描いて、お菓子を持って帰るという、これまでと変わらない日常を提供できるように心がけていました。
 土曜のアトリエも、変わらず開けていて、来る来ないは本人と親御さんに任せていました。でも皆さん来てくださっていましたね。ここで時間を過ごしているっていう活動が生活の中に入り込んでいて、週に一回とか、月に何回かはここで絵を描くことが、彼らの日常になっているのかもしれません。

ーところで、最近は「アール・ブリュット」や「アウトサイダー・アート」という言葉を耳にする機会は増えたような気がしますが、「ボーダレスアート」という言い方はあまりされていないような気がします。卜部さんはなぜ「ボーダレスアート」という言い方をされるんですか。

卜部 私は「アート自体には境界はなく、そもそもボーダレスなんだ」と思っているところがあります。でも、障がい者アートとなると、障がいのある人たちだけの絵に限定されてしまい、そこでまたボーダーをつくってしまっているのではないかと。もっとごちゃ混ぜでいいんじゃないかなという気がしたので、ボーダレスアートという言い方にさせてもらったんです。なので、障がいのある人もない人も作品が一斉に飾られる。そうなると誰が描いたかなんて分からなくなりますよね。でも気になる絵があって、そこから作家のルーツを探っていくと「あ、自閉症だったのこの人」みたいな。そんなふうに障がいの特性も後付けのルーツとして作品の魅力になっていくのが面白いのではないかと。
 今年1月に行った展示会では、地元の作家さんにもお願いして作品を出してもらい、ごちゃ混ぜでやりました。見る側には、自分はどんな絵に興味を持つのか、なぜその絵に興味を持ったのか、という楽しみがあると思うんです。そうするとアートにふれることが楽しくなるし、私たちもいろいろな作品を見てもらえたっていう喜びもあり、とてもいい展示会になったと思っています。

ーボーダレスアートサポート北海道(BASH)という団体もできましたが、どのようなきっかけで誕生したのですか。

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卜部 私は札幌にいるので札幌のことはわかるのですが、ほかの地域のことはわからない。私自身、本州に行って今の活動の話をすると、向こうの人たちは札幌じゃなくて北海道はどうなの?と聞いてくるんです。そう言われてはじめて北海道のことを全然知らないことに気づき、調べてみたら道内にも同じような活動をしている人たちがすごくたくさんいるのがわかって、これはもう仲間を集めて、北海道として楽しいことをすべきだと(笑)。
 今、BASHには上川・北見・釧路・枝幸・夕張・札幌市内の方たちが参加していますが、彼らと接する中で「常識ってなんだっけ」って思わさることが多々あります。例えば描く前に歩きまわっている人がいたら、座った方がいいよって言うかもしれませんが、歩き回れる場所があるなら歩き回ったってよくない?みたいな(笑)。
 私たちが考えていた常識って本当に常識なんだろうかとか、そういうことをBASHの仲間たちとは常に考え、共有し共感しあっています。一団体だけではできないような大規模な企画も仲間がいればできますし、先日の「まちなかシアターINチ・カ・ホ」の舞台のように、いろいろなタイプの絵を集めることもできました。子どもがいるのはペングアートだけで、他の事業所は大人の方々がメインなので、上は70代の方までがいらっしゃいます。そこもボーダレスでいいなと思っています。

ー最近は舞台美術を担当するなど、演劇とのコラボレーションにも注目が集まっています。
いまお話に出た「まちなかシアターinチ・カ・ホ」でも舞台美術を担当していただきましたが、参加して何か感じたことはありましたか。

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「まちなかシアターINチ・カ・ホ」ではボーダレスアートサポート北海道(BASH)の作品展示も行われました

卜部 チ・カ・ホでは本当にやりたい放題やらせてもらいました(笑)。コロナで展示がなくなって、ブランクあって、そのすぐあとだったのでテンションが高くなっていて、仕上がった時に一瞬アレ?ってなったんですよね。ちょっと主張しすぎかなって。演者さんたちが引いてしまうんじゃないかという不安がありました。でも、本番を見せていただいて、マジシャンの方が絵の後ろからコインを出していたり、絵と一緒にダンスをやっていたり、美術なんだけど、演者さんと美術が一緒に共演しているような感じで、本当にうれしくなってしまいました。

ー活動の幅が、まさにボーダレスに広がっているようですが、今後、どのようなことに取り組んでいきたいと考えていますか。

卜部 やっぱり舞台美術はもうちょっと極めたいというか、何回かやってみて見えてきたことがあるので、それを極めたい。例えば、子どもたちの中には小さく描く子が多くて、遠くからは見えないような作品もあるんですが、小さいから舞台美術には使えない、ということではなく、子どもが描きたいと思う小さな絵を逆に生かして、舞台が終わった後に前に行って間違い探しのように見つけてもらうようなこともできるのかなと思ったり(笑)。彼らが表現したいと思うものを生かして、新しい可能性をどんどん見つけていきたい思います。私たちの絵を見ながら、ほかにもこんなことに使えるんじゃないかとか、こういうふうにしたら面白いんじゃないかみたいに思ってくれる人がいたら、もう何でもします!っていう感じです(笑)。

profile 卜部 奈穂子(うらべ・なほこ)
札幌出身。合同会社ペン具 代表社員。社会福祉士・介護福祉士・公認心理師。障がい者施設で働いていた際に利用者が描くアートに感銘を受け、アートについて学ぶために大学の芸術療法ゼミへと編入し、美術系科目も履修。2003年、個人事業としてペングアートを開業後、2011年合同会社ペン具を設立。現在は『ペングアート』、『ペングアート北野』の2つの児童発達支援事業所と卒業生をサポートするアトリエ・ペン具を運営中。プライベートでは、カメラマンの夫と小学生の娘の3人家族。