インタビュー

INTERVIEW

「待ち焦がれた恋人に会う喜びのような時間を過ごし、生の舞台の大切さをあらためて感じています」

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札幌オペラシンガーズ 代表
井出 祐子さん

 0歳からの赤ちゃんとお母さんやお父さんが一緒に楽しめる本格的なコンサートを、長年続けている札幌オペラシンガーズ。井出さんは、その代表を務めています。今年はコロナの影響により、公演が一旦はすべて中止に。しかし、「こんな暗いときだからこそ家族で楽しめるコンサートを」と依頼されて行った9月のファミリーコンサートでは、あらためて生の音楽の力にふれ、感動したと言います。
 12月13日(日)に開催のクリスマスファミリーコンサート「オペラの贈りもの」では、子どもたちに大人気の絵本を使ったミニオペラにもチャレンジ。「生の音楽だからこそ自分たちの思いをお客様に届けることができるし、お客様からもたくさんのエネルギーをいただくことができる。歌をとおして心のキャッチボールができる生の演奏を絶やしてはいけない」と言う井出さんに、オペラの魅力や12月のコンサートの見どころを伺いました。

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ー今年、札幌オペラシンガーズとして予定されていた公演はどれくらいあったのでしょうか。

井出 今年は「0歳からのママと子どものはじめてコンサート」や、小学校2校、中学校1校での芸術鑑賞会、大学でのチャペルクリスマスコンサートなどが決まっていましたが、3月からのコロナの状況もあり、主催者とも相談し全て中止という決断をしました。
しかしその後、札幌コンサートホールKitaraから、こんな暗いときだからこそ、家族で楽しめるコンサートを開きたいので手伝ってほしいと声をかけていただき、9月6日にKitaraでファミリーコンサートを開催することになりました。いま思えば、やらせていただいて本当によかったと思います。お客様のアンケートを見ると、喜んでくださっていることがわかりました。皆さん、何かを感じてくれたようで、生の音楽の力って本当にすごいなあと、あらためて感じました。私達もお客様からもたくさんのエネルギーをいただいたコンサートでしたね。ただ、一方ではいろいろな方から、「こんな時期にこんなことをやって・・・」というお声もいただき、コンサートひとつやるにしても、手放しでは喜べない状況下にあるのだということを実感しました。

ー9月のファミリーコンサートでは、どんな対策をとったのですか。

井出 歌はやはり飛沫の問題があるので客席との距離を十分保てる場所から歌うことにしました。飛沫の問題以外にも、プログラムの編成にも気をつけ、客席を歌いながら歩くものはやめることにしました。また、稽古が今までの状態だと密になるため、広い稽古場を使い、各自が暗譜した状態で集まり、極力少ない回数で合わせる、という形式にしました。

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「生の音楽の力って本当にすごい」と感じた9月に行われたファミリーコンサート。

ー予定されていた公演が中止になる中、井出さんはどのように過ごされていたのですか。

井出 与えられた時間の中で、畑で土いじりしたり、なぜか歴史の本を読みました。やはり歴史観がなければ未来を創造することはできないのではないかと感じました。
また、春先はオンライン公演、YouTube配信などをかなり聴いて涙していましたね。でも今はほとんど聴いていません。コロナがすこし落ち着いたころ、演奏会に何度も通い、待ち焦がれた恋人に会う喜びのような時間を過ごし、生の舞台の大切さをあらためて感じています。

ー9月のファミリーコンサートでは、はじめてオペラにふれた子どももたくさんいたと思いますが、井出さんがオペラをはじめたきっかけを教えてください。

井出 小さいころから歌が好きで、小学生の時に先生に「お前歌がうまいな」と言われたその一言で、子どもながらに自分は音楽をやるものだと思ったみたいです。中学校の文集には、音楽大学に行って音楽の先生になると書いていました。その後、地元の高校の音楽科に行き、東京の音大に進みました。そして音大生のときにはじめて東京でイタリアオペラを観たのですが、はるか向こうで歌っている人の声が自分のところまで迫って来たときのあの衝撃は、いまでも忘れられません。そのあとしばらくその人の追っかけをしていたくらい魅了されてしまいました(笑)。それがオペラとの出会いでした。それまでもオペラのレコードは聴いていましたが、レコードではビビビッとこなかったんです。それが、生で聴いたときに「これはすごい!」と思いました。

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ーオペラの魅力にはまってしまったわけですね。

井出 そうです。オペラの魅力は人間の声。私が初めてクラシックの音楽を聴いて涙したのもテノールのカルロベルゴンツイの演奏です。人間のドラマを、人間の感情を、身体全体で発散する音楽に感動しました。人間の声は神様から与えられた楽器。生まれたばかりの赤ちゃんが体を使って何かを訴えているときの泣き声は、家中に響き渡りますよね。本来人間は体で表現する術をもって生まれてきているのです。この神様がくれた楽器を使いきっている人のステージと出会ったとき伝わってくるもの。それがオペラの最大の魅力ではないかと思います。

ー井出さんはその後、1994年に北海道唯一のオペラ研修団体「札幌オペラスタジオ」つくりましたが、どのような経緯だったのですか。

井出 音大を卒業後、北海道に帰ってきて母校で声楽の講師をしながら、北海道二期会でオペラに出演させて頂きましたが、当時はまだイタリア語やドイツ語のオペラを日本語訳にしたものを演奏していました。そのあと、海外研修の助成金をもらってイタリアに行ってオペラの講習会に参加しました。そこで、自分の勉強の浅さを痛感して帰国し、基本をきちんと勉強しなくてはいけないし、若い人たちにも勉強をしてもらわなければいけないと思い、「札幌オペラスタジオ」をつくりました。一人の先生が全てを教えるのではなく、総合病院のような各分野の専門がいるような場所をつくりたいと思い開設しました。その後、2015年に「札幌オペラスタジオ」は、演奏団体「札幌オペラシンガーズ」として生まれ変わりましたが、若い人たちの育成と、0歳から劇場でオペラを聴くという環境づくりは、やり続けなくてはいけないのかな、と思っています。

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過去に行われたクリスマスコンサートの様子。今年は12月13日(日)に開催!

ー今回のクリスマスファミリーコンサートも楽しみにしている人がたくさんいると思います。見どころを教えてください。

井出 今回は、クリスマスソングやアニメの主題歌などのほかに、大きな会場なのでスクリーンに絵本や紙芝居を映し、絵と歌でミニオペラを行います。子どもたちに大人気のスズキコージさんの絵本「サルビルサ」に、作曲家の伊藤康英さんが5分のオペラを作られております。「サルビルサ」は言葉遊びのようなものなのですが、相いれないところから戦が起こるというメッセージも込められています。今のこの状況と重なり、世界中言葉はわからなくても、問題になっていることは同じというのが「サルビルサ」のメッセージです。
今まで以上にお客様に届けなければという思いが強くなっています。生の音楽だからこそ自分たちの思いをお客様に届けることができますし、お客様からもたくさんのエネルギーをいただくことができるのではないでしょうか。歌を通してお互いが音楽の力を信じ、素敵な時間を共有できる。そんなことができる生の演奏を絶やしてはいけないと思います。今回のコンサートでもお子さんから大人まで多くのお客様と心のキャッチボールができたらな、と考えています。

最後に「地球の歌」の歌詞をご紹介させていただきます。

地球はひとつ 
地球はひとつなのですが
世界はひとつではないのです
世界をひとつにしようとして
あまたの戦がありました
世界はひとつではないのです
それをみんながわかった時に
世界はひとつになるのです
たった一つの地球のうえで

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profile 井出祐子
北海道生まれ。
1994年から北海道唯一のオペラ研修団体「札幌オペラスタジオ」発足、2015年より「札幌オペラシンガーズ」として演奏家集団の代表を務めている。
現在「0歳から100歳への道しるべコンサート」プロジェクト妄想中(笑)