ゲキカン!


作家 島崎町さん


やられたなあ。面白い!

夢を追う若者をメインに、過去、現在、未来を行き来する物語は、あたたかい笑いとすがすがしい余韻を残して終わる。なんていい舞台なんだ。

劇団fireworks『畳の上のシーラカンス』は時間と空間の物語である。ひよどり荘301号室に引っ越してきた作家志望の亮(桐原直幸)だが、前にこの部屋に住んでいた桜子(橋田恵利香)が現れ同居を迫り、個性的なアパートの住人たちも入れ替わり立ち替わりやってくる。にぎやかな新生活のはじまりだが、この部屋には秘密があって……

物語の中心となるのは301号室。そこで繰り広げられる登場人物たちのやりとりが楽しい。隙あらば入れられる笑いの数々。その中でしっかりストーリーを展開させていくうまさ。客は笑いながら自然に物語に引き込まれていく。

空間の使い方がとにかくうまい。狭い301号室がメインで、狭さゆえの笑いがあるし、奥にある押し入れは都合上とても使い勝手がいい。部屋の外、上手にブランコ、下手にベンチ。さてこれらがいつどのように使われるのか。

なにより感心したのが301号室のドアの外、下手に広がるちょっとした空間だ。上手側の席から見ると、301号室から出た人物が、すーっと下手へ歩いて袖に消えるまでの数秒、その間(ま)がなんとも絶妙なのだ。にぎやかさの余韻であり、感情の名残りのようでもあり。

上手側から観たから、もしかしたら偶然生まれた間だったのかもしれないけれど、それでも僕はあの空間とあの時間が好きだ。

そう、これは時間の話でもある。物語は昭和、平成、令和と時間が行き来して、それらが301号室で交差する。時間と空間がひとつになったとき、ドラマが生まれる。いい!

時間軸としては平成がメインとなり、ありし日の昭和を眺める。ノスタルジーだ。しかしその平成もまた令和から見ると過去であり、ノスタルジーなのだ。現在とはもっとも新しい過去なのである。それを必然として舞台の上に出現させた。見事というしかない。

いつか、令和も過去となりノスタルジーの対象となるのだろう。次の時代になったとき、劇団fireworksがふたたび時代が交差するような舞台を作ったら、令和はどんなふうに描かれるのだろう。

気になるのは、令和時代のひよどり荘だ。舞台ではもう誰も住んでいない。ひよどり荘は夢のある者だけが住む不思議なアパートだった。そこには、もう、だれもいなかった。

いま、厳しくもつらい時代だ。だけど劇団fireworksとこの劇にたずさわった人たちはひよどり荘の住人なのだと思いたい。そしてこの舞台を観た観客たちもまた。

島崎町(しまざきまち)
作家・シナリオライター。近著『ぐるりと』(ロクリン社)は本を回しながら読むミステリーファンタジー。現在YouTubeで変わった本やマンガ、絵本など紹介しています! https://www.youtube.com/channel/UCQUnB2d0O-lGA82QzFylIZg
俳人、文芸評論家 五十嵐秀彦さん

うわぁ! これほどストレートなノスタルジック・コメディは反則だろ!
と叫びたくなるほど直球のノスタルジーに突き動かされる舞台だった。

東京の片隅、ボロアパートの四畳半で繰り広げられる青春ドタバタ劇。
舞台はノスタルジックな色彩で染められているのだが、いったいこれはどの世代をターゲットにしたものなのだろう。
冒頭からその疑問が頭の中をぐるぐると回っていた。

時は平成、古いおんぼろアパート「ひよどり荘」の301号室。そこに小説家を志して上京した亮が越して来る。
それまでここに住んでいた桜子との不条理な同居生活が始まる。
昭和の時代には、フォークトリオ「ザ・ウィークエンド」ボーカル担当のシンがこの部屋に暮らしていた。
301号室は、決まった曜日と時刻に過去が投影されるという不思議な空間だった。
平成の亮と桜子たちの前に映し出される昭和の人物たち。人々の時代を超えた奇妙な関係性が次第に浮かび上がってくる。
話が進むに連れて、更にそこに令和の現代の登場人物も重なってゆく。
この50年ほどの歳月となる3つの時代を繋ぐ重要な狂言回しとして、アパートの奇っ怪な管理人「がんも」がいる。
「がんも」を演じる棚田満さんの体を張った演技には驚かされた(それがどんなものかは実際に見に行ってください。ここではバラせません)。

時代も登場人物も、なにもかもが重なりながら、「ひよどり荘」301号室とその周辺で入れ替わり続け、そのどこにノスタルジーを感じるかは観客それぞれに任されているのだ。
この構成は面白い。
昭和に青年時代を送ったぼくにとって「ひよどり荘」はまったくリアルだった。なんの誇張もなく、こういうアパートが実際に存在していた。
四畳半の空間、共同便所(共同の風呂があったり部屋に電話があったりするのは贅沢すぎる設定だったが)、薄暗い廊下をうろつくあやしい連中。フォークギターに、よっぱらい。青臭い夢をかかえた貧乏青年たち。
小劇場Bloch。手を伸ばせば役者に触れられそうな距離感が容易に観客を巻き込んでしまう。
罠にはまっていることを自覚しながら、半世紀近く前の記憶に、つい踏み迷う。そして拓郎の名曲「今日までそして明日から」が、あらためて生々しくよみがえる。

70年代初頭に第3ひばり荘というアパートが高円寺にあって、そこには・・・。
と、ぼくは勝手な個人的回想に落ちてしまった。
そのたびに平成の登場人物が本来の筋にぼくを引き戻す。はっと、夢から醒めるように令和のぼくが老いた姿で舞台に立っている。

そんなありえない時空間が、ノスタルジーというひとの弱みにつけこみながら同時進行し、互いに干渉しあいながらドタバタと進行する。
どの場面もこのままずっと引き伸ばしてほしくなるほどに感傷に浸れるのだが、はたしてどの世代をターゲットにしているのだろうという最初からの疑問への答えは挿入歌にあった。
「今日までそして明日から」と「長いこと待っていたんだ」。
吉田拓郎に郷愁を感じる世代からハンバートハンバートにそれを感じる世代まで広くカバーし、それぞれの心に沁み込むシーンが3重の物語の随所に嵌め込まれていたのだ。
巧みに織り込まれた笑いのツボはどれも無理がなく、無心になって笑ってしまえる。

そして3つの時代の中にやたらばら撒かれる伏線の多さ!
これをどうやって終わらせるのだろうか、とハラハラさせられた。
無数の伏線がみごとに回収されるのか、それとも勢いにまかせて空中分解するのか。それは見てのお楽しみ。
だけど大丈夫。ハッピーエンドであることだけはバラしておこう。
だって、ひたすら楽しく、笑える舞台だからだ。これがハッピーエンドでなくてどうする。

今回の演劇シーズンは、「春の黙示録」に始まり、次の「ひかりごけ」と、死の意味・生の意味を問う重いテーマが続いた。そして「からだの贈りもの」の突然の休演という残念なアクシデント(コロナ憎し!)だ。
正直どこかしらにシコリのようなものがあった。
それを一気に吹き飛ばすカタルシスに満ちたコメディは、シーズンのトリとして実に痛快だった。

あなたがどの世代に属していようと、すっかり巻き込まれてしまうはず。
気がつけば四畳半を出演者と一緒に駆け回っているような気持ちにさせられるだろう。
終わったときに、あなたはきっと今よりずっと元気になっているよ。
さあ「ひよどり荘」に集まれ!

五十嵐秀彦(いがらし ひでひこ)
1956年生れ。札幌市在住。俳人、文芸評論家。
俳句集団【itak】代表。現代俳句協会理事。
北海道文学館理事。
北海道新聞「新・北のうた暦」(共同執筆)、「道内文学時評」執筆。
朝日新聞道内版「俳壇」選者。
月刊「俳句」(角川書店)「令和俳壇」選者。
著書 句集『無量』(書肆アルス)
1995年 黒田杏子、深谷雄大に師事。
2003年 第23回現代俳句評論賞受賞。
2013年 北海道文化奨励賞受賞。
2020年 藍生大賞受賞。
ライター・イラストレーター 悦永弘美さん

BLOCHの舞台上につくられた四畳半の小さな和室。
文机、ダイヤル式の電話、押し入れ、ちゃぶ台。
こういう作り込みのある舞台、好きだなぁと魅せられていると、賑やかなライブで幕が上がった。

札幌演劇シーズン2023冬のラストを飾るのは、劇団fireworks「畳の上のシーラカンス」。
小説家志望の若者が、家賃破格の「ひよどり荘」の301号室に引っ越してくるところから話は始まる。
「ひよどり荘」には、様々な夢をもった「たまごたち」が暮らしている。登山家、ファッションデザイナー、弁護士、植物学者etc。上京初日から元住民と同居する羽目になってしまったり、夜になると住民たちが勝手に部屋にやってきてはどんちゃん騒ぎをしていたり。
桐原直幸さん演じる小説家志望の青年・亮の、巻き込まれっぷりがとっても良い。
登場人物それぞれが強烈に個性が強く、棚田満さん演じる管理人・がんもの料理中の佇まいを含む、あらゆる場面で大爆笑だった。

笑って、しゃべって、ひたすら飲む。
夢見る若者たちのエネルギーを四畳半の狭い部屋にぎゅっと押し込んでいて、狭いけれど、可能性はまるで宇宙のよう。
そこに「301号室で起こったことがビデオテープのように映し出される」というファンタジック要素が入るのだから、面白くないわけがない。
昭和、平成、令和をめぐる話なのだけれど、物語の鍵を握るバンド「ザ・ウイークエンド」が、その時代感に深みを与えてくれる。場を盛り上がらせ、時には寄り添い、そして清々しさを与えてくれていて、音楽がもたらす強さを実感することができた。

BLOCHのコンパクトな劇場サイズは、四畳半の中で時代を交錯させながら、グングンと世界を広げる本作との相性も抜群。
四畳半という狭さと、「触れてはならない」という仕掛けを巧みに使った面白は爆笑必須!
ドタバタ感がとっても面白いんだけれど、決して置いてきぼりにされないし、舞台上のテンションも緩急のチューニングが絶妙になされていて、無限に見ていられるような最高の面白さが、緻密な構造の上に成り立っていることを実感した。

夢がない時代だとか、昔は良かっただとか、私も含めてよく口にするけれど、四畳半の上で交差していく三つの時代を見ていると、たくさんの夢語りの上にある、現在の自分の人生が少し好きになってくる。
前向きなマインドを呼び起こしてくれる、とびきり面白くて明るい舞台。
その明るさが決して押し付けがましく感じないのは、ノスタルジーな手触りと、物語のそこかしこに、明るい未来を願うあたたかな祈りのようなものがあって、それがとても心地よく胸に響からなのだと思う。

叶えたい夢も、叶わなかった夢も、ぐるっとまとめて肯定したくなる。
札幌演劇シーズン2023冬を明るく締め括る素敵な観劇体験だった。
「ひよどり荘」、遊びに行ってみたい……。

悦永弘美(えつながひろみ)
1981年、小樽市出身。東京の音楽雑誌の編集者を経て、現在はフリーのライター兼イラストレーターとして細々活動中。観劇とは全く無縁の日々を送っていたものの、数年前に演劇シーズンを取材したことをきっかけに、札幌の演劇を少しずつ観るようになる。が、まだまだ観劇レベルはど素人。2015年、仲間たちとともに短編映画を制作(脚本を担当)。故郷小樽のショートフィルムコンテストに出品し、最優秀賞を受賞したことが小さな自慢。
漫画家 田島ハルさん

手を伸ばせば役者に触れられそうな客席と舞台の近さ、笑いに揺れ、生演奏で舞台と客席が一体となる。熱の伝わる演劇のアナログ感と物語の世界がリンクする気持ちのいい作品だった。観劇後の感想を一言で表すなら、「あずましい!」。突き抜けた明るさとハッピーエンドに突き進むはちゃめちゃコメディ、劇団fireworks公演「畳の上のシーラカンス」の初日を観た。

四畳半、風呂トイレ共同、家賃激安のボロボロアパート「ひよどり荘」301号室。小説家を志して上京した青年・亮(桐原直幸さん)がこの部屋に入居した平成の時代から物語は始まる。亮の部屋を訪ねてきた美女・桜子(橋田恵利香さん)の口から飛び出した言葉はなんと、「この部屋から出ていってほしい」…!上京一日目にして大ピンチを迎えた亮。やがて、週末の午前2時にこの部屋で起こる「秘密」と、それを調べる桜子の願いを知った亮はとある作戦を立てる。
「この物語、絶対ハッピーエンドで終わらせます!」

301号室を舞台に、昭和・平成・令和の時代をこえて、会うはずもなかった人々が交差するファンタジックな展開に引き込まれた。時代を繋いだのは、今作の魅力の一つである「歌」にあり。かつて昭和の時代に結成されたスリーピースバンド、「ザ・ウイークエンド」による、ギターのケン(山崎耕佑さん)のあたたかいアコースティックギターの音色にのせて、ボーカルのシン(井上嵩之さん)とパーカッションの順子(きゃめさん)の美声が重なる生演奏。オープニングを華やかに飾るオリジナルソング「旅人」で盛り上げ、中盤にはバラードの「ひなた」がしっとりと響く。初めて聞くのにどこか懐かしく、耳に残る劇中歌が作品に彩りを与えていた。順子が歌う、吉田拓郎の「今日までそして明日から」が涙を誘う。いい曲だなあ…。

夢見る若者が集うトキワ荘的なひよどり荘。住人は基本的に変人ばかりで、301号室に矢継ぎ早に現れては亮を振り回していく。そのワチャワチャが楽しく、まるでページをめくる手が止まらないほど面白い漫画を読んでいるような没入感に浸る。特に、管理人・がんも(棚田満さん)の、チャーミングで憎めないおじさんキャラには大いに笑わせていただいた。ネタバレになりそうなので詳細は伏せるが、料理姿には抱腹絶倒。因みに、劇団怪獣無法地帯の代表である棚田さん。役者としての姿が新鮮で、私はすっかり棚田さんのファンになってしまった。
魅力的なひよどり荘の住人の中で、自分の推しキャラは誰だったか、上演後には観た者同士で語り合いたい。

ダイヤル式電話やカセットテープ、フォークソングなど懐かしい琴線に触れる古きよき時代のネタが満載である。昭和生まれはタイムカプセルを開けたようなノスタルジックに浸り、若い人にはレトロな憧れに映り、世代をこえて楽しめる世界が広がっている。10人をこえる役者が四畳半の上でお祭り騒ぎなので、畳が公演を重ねる度に味わい深いものになるのは想像に難くない。千秋楽までの畳のヴィンテージ感もささやかながら見どころかもしれない…。

休日に観るのもいいけれど、平日の仕事帰りや家事を終えてから、ふらっと劇場に立ち寄るのにおすすめの作品だ。肩の荷を一旦下ろして、難しいことは考えずに笑って楽しむ。劇場を出る頃には、心も体も柔らかく解きほぐされて爽快な気分に。この作品のパワーが明日からの活力に、前を向いて歩く一助になってくれると信じている。

田島ハル
札幌生まれ札幌在住。漫画家、イラストレーター、俳人、文筆家、小樽ふれあい観光大使。
2007年に集英社で漫画家デビュー。
著書に「モロッコ100丁目」(集英社)、「旦那様はオヤジ様」(日本文芸社)他。
朝日新聞道内版のイラストとコラム「田島ハルのくいしん簿」、北海道新聞の4コマ漫画「道北レジェンド!」、角川「俳句」の俳画とエッセイ「田島ハルの妄想俳画」など連載中。
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