ゲキカン!


作家 島崎町さん


今年、創立30周年をむかえた劇団フルーツバスケット。タレント事務所である有限会社EGGとの両輪で、札幌だけでなく北海道のエンターテイメント業界を支える存在だ。

かでるアスビックホールで行われた『オズの魔法使い』と『新オズの魔法使い ~ドロシーと新たな仲間たち~』は、かつてのOB・OGや、講師としてかかわってきた役者陣も多数出演し、30周年記念公演にふさわしい、にぎやかで楽しいミュージカルだった。

『オズの魔法使い』は世界的に有名な作品なので、原作小説を読んでなくても、映画や舞台などを観てなくても、内容はなんとなく知っているだろう。

しかし、それに続編があることはどのくらいの人が知っているだろう。さらに続編は、原作者であるライマン・フランク・ボームにより13作も書かれ、ボームの死後、別の作者により26作も書き継がれた。つまり「オズの魔法使い」シリーズは、計40作もある一大シリーズなのだ!

「なのだ!」とか書いたけど実は僕もあまり知らなかったので、この機会に“あえて”続編の『新オズ』の方を観ることにした。オズシリーズ3作目『オズのオズマ姫』、6作目『オズのエメラルドの都』を原作とした本作は実に興味深い作品だった。

『オズ』で出会った仲間たち(例の、かかしやブリキやライオン)との冒険を終え、無事にカンザスに帰ったドロシーは、相変わらずおじさんとおばさんと暮らしている。近所の子供たちにあの冒険を語って聞かせるが、「ほんとの話?」と疑われたりもする。おじさんやおばさんはいつまでも夢物語を語るドロシーに、仕事を手伝ってほしいと文句を言う。

そう、これはつねづね僕が思っているある問題とおなじだ。つまり、すっごい冒険をした主人公は本当に日常に帰れるのか問題だ。

物語の基本は行って帰ってくるという構造にある。冒険の旅に出かけた主人公は、さまざまな経験をして、最後は帰っきて、ちゃんちゃんと終わる。古来から多くの話がそういう構造でできていた(最近ちょっと違うパターン、行ったきり帰ってこないのも出てきたが)。

でも僕は思う、そんなすごい経験をした主人公はすんなり日常にもどれるのだろうか。それまでとおなじ生活に落ち着けるのか。単発の作品はそこで終わるけど、シリーズ化されるとけっきょくまた新たな旅に出ることになり、それが繰り返される。旅は終わらない、と書けば格好はいいけれど、なんだか冒険ジャンキー化してるのではないかと不安になる。

さて『新オズ』だ。ドロシーもまた大冒険をへてカンザスに帰ってきた。カンザスだ。アメリカでは、なにもないつまらない場所の代名詞にもなってる場所にもどって、ドロシーは日常を送れるのか。送れていない。さっきも書いたように子供たちに夢物語を聞かせ、おじさんおばさんからは注意を受ける。

カンザス(日常)になじめないドロシーはどうするのか。もう一度旅に出るしかないのだ。そうしたまた竜巻が起こり、ドロシーと愛犬トトはオズの地へ飛ばされ冒険がはじまる。

ある種必然の展開なんだけど、それはドロシーの願望でもあったような気がする。けっきょく冒険にもどるしかないのだ。さらにこれは読者の願いでもあった。原作者ボームは当初『オズ』の続編は考えていなかった。だけど読者はつぎなる冒険を求め、手紙をボームに送り、つづぎが書かれることになった。

読者にとってもドロシーにとっても、そしてこの劇の観客にとっても幸運だったのは、新たな旅が驚きと発見に満ちたすばらしいものだったことだ。愛犬トトはしゃべることができるようになり、かつての冒険仲間(かかし、ブリキ、ライオン)とも再会する。動く時計チクタクや、陽気なめんどりビリーナなど、新たな仲間たちとも出会い、地底の国へ行き、空を飛び、オズの国の危機と立ち向かう。

で、大団円だ。ドロシーたちは冒険を終えて……そう、例の物語構造だ。行って帰ってくるというお話だから、やっぱりまたカンザスへ帰る。じゃあまたカンザスの日常になじめず冒険に出てって繰り返しじゃないか! と思うかもしれないが、まあ、そうなのだ。

しかしこの舞台と、原作である『オズのエメラルドの都』のラストはちょっと変わった展開が待っている。ここからちょっとネタバレなので、気になる方はぜひこの舞台を観てから読んでください。

ラストでオズの国は、外敵からの侵略をふせぐために、外部から人が入れないようにしてしまう。つまりドロシーたちも今後、入れなくなってしまうのだ。悲しい別れだ。ドロシーの旅はここで終わってしまう。

だけどこの舞台では、日常に帰るドロシーに、夢や希望が託されて終わる。カンザスへもどっても、その思いが残りつづけるかぎり、いつでもオズの国とつながっていられる、そんな終わり方だ。

『オズ』と『新オズ』の舞台で、ドロシー役は6人が交代でつとめた。かつて劇団フルーツバスケットに所属していたりかかわったりしていて、いまは東京など別の場所、あるいは別の分野で活躍する人を中心に編成された6人のドロシー。

まるでフルーツバスケットというオズの国から外に出て、さまざまな日常のなかで暮らし、ひさしぶりに魔法の国にもどってきたような。オズの国は閉ざされていなかった。ドロシーたちのかがやきも失われていない。むしろかがやきは増していたのだろう。

ドロシーだけじゃない。子役たちのかわりらしくも見事な演技、歌、ダンス。熟練の大人たちによる見事な掛け合い、ひきしまった演技は舞台の完成度を上げた。

30周年の記念の公演にふさわしい、にぎやかで楽しい、夢のある舞台だった。

島崎町(しまざきまち)
作家・シナリオライター。近著『ぐるりと』(ロクリン社)は本を回しながら読むミステリーファンタジー。現在YouTubeで変わった本やマンガ、絵本など紹介しています! https://www.youtube.com/channel/UCQUnB2d0O-lGA82QzFylIZg
ライター・イラストレーター 悦永弘美さん


生まれて初めて「エメラルドグリーン」という色の存在を知ったのは、自宅にあった「オズの魔法使い」の絵本だった。その透き通った美しい色を、どうやったら再現できるのかと白い画用紙に緑色や白を重ねて唸る。そんなはるか昔の自分をふと思い出した。

「札幌演劇シーズン2023-夏」、ラストを飾るのは劇団フルーツバスケットのミュージカル。「オズの魔法使い」と「新オズの魔法使い〜ドロシーと新たな仲間たち〜」の2本だ。
私は公演5日目、「新オズの魔法使い〜ドロシーと新たな仲間たち〜」を観劇した。

夏休みの真っ只中の昼公演の客席は、子供たちがたくさん。
劇場内を包む賑やかな空気が、ワクワク感を募らせてくれる。
本作は、冒険を終えカンザスに戻ってきたドロシーが再びオズの国へと向かう物語。
帰りたかったカンザスが、抜け出したいカンザスになる。
ドロシーの人間味溢れる旅立ちの動機が個人的にとても好きだ。

異世界へと行き、自身を成長させて大切なものを再確認し、再び自分の人生を力強く生きていく。
物語の王道とも言えるシンプルな構成を軸に、ファンタジーの翼を存分に羽ばたかせる素晴らしい歌声、磨き上げられたダンス、美しく舞台を彩る照明や、多彩な衣装。
ミュージカルの醍醐味を存分に含んだ輝きあふれるカラフルなステージに、あっという間に心が掴まれる。

そしてなんといっても、子どもたちの存在だ。
冒頭のカンザス時のわんこバージョンのトトは可愛過ぎて参ってしまうし、
オズの国での喋るトトの好演がとても素晴らしく、愛らしく知的で、ドロシーの大切な相棒としてその存在感を魅せていた。

ドロシーやカカシなど、好きなキャラクターを言うとキリがなくなってしまうけれど(というかみんな素敵)、悪役たちの魅力は絶対に外せない。
なかでも地下帝国の支配者であるノーム王がすごかった!脅威の存在ではあるけれど、なんだか憎めないし、そして劇場内の笑いを何度もかっさらう圧巻の面白さ。

少し気楽な気分で席についた私だったけれど、気づけば笑って感激して、手拍子をして思いっきり楽しんでいた。歌とダンス、煌めくステージ、劇団フルーツバスケットが放つエンターテインメントの力に、心身ともに魅せられた。あぁ、なんて素晴らしい演劇シーズンの大トリなのだろうか。

客席の子どもたちは、みんな目を輝かせ、声を出して笑い、からだを揺らして全身で楽しんでいた。劇団旗揚げ30周年を迎えるという劇団フルーツバスケット。彼らが蒔いたエンターテインメントの種は、今日憧れの眼差しでステージを見つめていた誰かの中で確実に芽吹き、育っていくのだろう。たくさんのポジティブを受け取った観劇後、爽やかな気持ちで未来に期待を寄せた。

悦永弘美(えつながひろみ)
1981年、小樽市出身。東京の音楽雑誌の編集者を経て、現在はフリーのライター兼イラストレーターとして細々活動中。観劇とは全く無縁の日々を送っていたものの、数年前に演劇シーズンを取材したことをきっかけに、札幌の演劇を少しずつ観るようになる。が、まだまだ観劇レベルはど素人。2015年、仲間たちとともに短編映画を制作(脚本を担当)。故郷小樽のショートフィルムコンテストに出品し、最優秀賞を受賞したことが小さな自慢。
俳人、文芸評論家 五十嵐秀彦さん


札幌演劇シーズン2023夏のトリを飾るのは、明るく華やかなミュージカル!
客席もファミリー中心の感じだった。そうか、夏休みだな。
そして「オズの魔法使い」なのだから、これはもうファミリー向けの夏休み企画。
面倒なことはいらない。
ただ、歌と踊りとファンタジーを楽しめばいい。

「オズの魔法使い」。そりゃ知ってるよ、と思いながらどんな内容だったかもうすっかり忘れていた。
冒頭の主人公ドロシー登場で、まるで旧友にあったような気分になった。
カンザス。竜巻。オズの魔法の国。
そして名曲「オーバー・ザ・レインボー」。
全てが忘却の奥から子どもの頃の記憶をつぎつぎ呼び覚ましてくれるようだった。

主人公のドロシー役の木村愛里さんのあざやかな歌声が物語をテンポよく進めてゆく。
ステージで注目を集めた主人公が、じつはもう一人(?)いた。
それか愛犬トト。蒲生涼葉ちゃん、小梁川京華ちゃん、小林里菜ちゃんの3人がトト役をバトンタッチしてゆく。
それぞれの愛らしい仕草に終始魅入られてしまった。
劇団フルーツバスケットには才能溢れる子どもたちがずいぶんいる。
弾ける演技で舞台いっぱいに歌い踊るその姿に、観ていてこちらの心も一緒に弾んだ。
チップ役を演じた高木清正君の堂々として自然な演技は、この劇団のレベルの高さをあらわしていて素晴らしかった。

「知恵と愛と勇気」。
この作品のテーマが、華やかな舞台の上で観客の心に素直に染みていく。
子ども向けのプログラムであると同時に、この物語に込められた古典的なテーマは大人たちの心もしっかりとらえてくる内容だった。
外の世界に憧れ飛び出して、そこでの苦難を乗り越えた先に現れる自分の故郷の意味。
幼いころに読んだ記憶が蘇るだけではなく、自分の人生を振り返る時間にもなったようだ。

ファミリー向けの舞台と冒頭に書いたが、この日の「かでるアスビックホール」は舞台と客席とがひとつのファミリーになっていた。
外の猛暑とは違って、人の心のあたたかな繋がりがホールを輝くほどの幸福感に包み込んだ。
全員集合のフィナーレに思わず涙が出てくるほど。
こういうミュージカルはいいなぁ。

私が見たのは公演2日目の13日。
キャストは毎回入れ替わるということだ。それはすごいこと。
さらに今回は「オズの魔法使い」だけではなく、15日からは「新オズの魔法使い~ドロシーと新たな仲間たち~」も上演される。そちらも見てみたい。
18日と千秋楽の19日の2日間では、マチネが「オズの魔法使い」、ソワレが「新オズの魔法使い」という組み合わせで、通しで見たくなるプログラムになっているのも魅力だ。

家族一緒で出かけてミュージカルという心地よいシャワーを浴びるのも、素敵な夏休みの思い出となるだろう。

五十嵐秀彦(いがらし ひでひこ)
1956年生れ。札幌市在住。俳人、文芸評論家。
俳句集団【itak】代表。現代俳句協会理事。
北海道文学館理事。
北海道新聞「新・北のうた暦」(共同執筆)、「道内文学時評」執筆。
朝日新聞道内版「俳壇」選者。
月刊「俳句」(角川書店)「令和俳壇」選者。
著書 句集『無量』(書肆アルス)
1995年 黒田杏子、深谷雄大に師事。
2003年 第23回現代俳句評論賞受賞。
2013年 北海道文化奨励賞受賞。
2020年 藍生大賞受賞。
漫画家 田島ハルさん

最高気温32度という残暑の厳しい札幌。近所の夏祭りと大通公園のビアガーデンを横目に通りすぎ、劇場のかでるアスビックホールを訪れた。劇団フルーツバスケットによるミュージカル「オズの魔法使い」の初日公演である。
夏祭りの賑やかさやビアガーデンでビールの飲み比べを楽しむ人達が全く羨ましくないといえば嘘になる。しかし、幕が上がってからはその雑念は消えて、「来て良かった!」と感動で胸がいっぱいに。
いくつもうち上がる花火のようにきらめきに満ちた舞台は、観客をおとぎの国へと誘った。

主人公のドロシーがオズの国で冒険をする物語の中で、1幕目は、「脳みそのないかかし」「心のないブリキのきこり」「勇気のないライオン」の不思議な仲間たちと出会うまでを描いている。
レベルの高い歌とダンスを交えてテンポ良く物語が進み、観ていてストレスが無く、心地よく入り込めた。カンザスの親戚の家に住んでいるドロシーの境遇など、初めてこの物語に触れた子どもの頃には気がつかなかった。大人になってから改めて観ると物語の深みを新鮮に味わえる。もし、子ども向けのおとぎ話だからと決めつけて観ない人がいたら勿体無いことである。

粒ぞろいの魅力的な役者たちが次々と出てくる。
主人公のドロシーを演じた奈々葉さんはほぼ出ずっぱりであったが、はじける笑顔を終始たやさず、美しい歌声と元気なダンスで舞台を華やかに彩っていた。
また、子役の活躍が印象に残った。西の魔女の手下のチップ役を演じた高木清正君の姿は堂々としたもので、飛ぶ猿を手玉にとるこ憎たらしい表情も長台詞も大人顔負け。オーラみたいなものすら感じた。もし、漫画「ガラスの仮面」の月影先生が観ていたら、白目をむいて「清正…、おそろしい子ッ!」と評価しているだろう。
ドロシーの相棒である犬のトト役は、3人のちびっこ役者が入れ替わりで活躍。ドロシーの隣について、ちょこちょこと走り回る姿に思わず口角が上がる。途中で転んでしまうハプニングがあったが、すぐに立ち上がりしっかり演技を続けていた(エライ!)。

2幕目の幕が上がると、エメラルドの都の夢のように輝く世界が眼前に広がる。細部まで繊細に施された全身エメラルド色の衣装や眼鏡などの小物もきらめきを与えてくれた。
また、変幻自在に姿を変えるオズ大王や、ブリキのきこりの戦いの場面など、本当に魔法を使っているような演出にも魅了された。私の後ろに座っていた男の子が「どんなしかけなんだろう…」と不思議そうに呟いていた。

フィナーレでの全キャストによるダンスは圧巻。あっという間の100分の舞台。客席からの大きな拍手に包まれて幕が閉じた後も、私はしばらく鳥肌がおさまらなかった。

公演日により時間は異なるが、夜の回は18時・19時の開演なので、仕事帰りや家事が終わった後にも行きやすい。夏フェスもビアガーデンにも忙しくて行けなかった…と嘆く前に、ぜひこの舞台を観てほしい。きらめく魔法にかけられて、素敵な夏の日の思い出が胸に刻まれるだろう。

田島ハル
札幌生まれ札幌在住。漫画家、イラストレーター。2007年に集英社で漫画家デビュー。朝日新聞朝刊道内版で北海道の食の魅力を紹介するイラストとコラム「田島ハルのくいしん簿」、北海道新聞で4コマ漫画「道北レジェンド!」など連載中。菓子処梅屋さんの「北海道梅屋名物しゅうくりぃむ」のパッケージイラストを担当。TwitterとInstagramで読める漫画「ネコ☆ライダー」を描いています。
twitterInstagram
pagetop