ゲキカン!


ライター・イラストレーター 悦永弘美さん


いやはや、心底参ってしまった。
一体何なのだ、この凄まじい面白さは!

厳しい暑さが続く札幌の街をくぐり抜け、 きまぐれポニーテール「ハッピーママ、現る。」を6日目にしてようやく滑り込み観劇。
小劇場に設けた教室内で繰り広げられる、ママ&パパたちの教室大戦争に、しっかりとやられてしまった。ちょいと面白すぎるのではないか!?

舞台はPTAの定例会。並ぶのはママやパパ、PTA会長と二人の教師。
教室という密室空間の中で、任意にも関わらず、「参加は当然」という巨大な同調圧力の下、活動を強いられる、まさに地獄のPTAだ。
矛盾をはらんだ私たちの日常に存在するこのPTAという設定を基軸に、シリアスを内包しつつ会場から盛大な笑いを受け取り、どんどん膨れ上がっていくこの最高の迫力!ドライブ感!
脚本、演者、作品に関わる全てのスタッフたちのポテンシャルが最大限に引き出されていて、緩急をつけながら劇場全体を高揚させる圧巻の力量。ぐうの音も出ない完全な面白さである。

学生時代や仕事仲間とも異なる、子どもたちの親で構成される人間関係はもはや複雑怪奇。
ブタ、ハーブ園、いじめetc。劇中で大人たちが直面する問題は大小さまざまだ。
小さな机と椅子に、大きな身体を預けながら、滑稽なほど真剣に、日常を削ってまでも参加しなければならないPTA活動の恐ろしさを高解像度で描きつつ、「笑い」をどっしり据えるバランスの卓越さ。そして後半のあの爆笑展開。ねぇ、ずっとそうだったの!?ねぇ!?と身体を折り曲げて大笑いすること必至の衝撃は、ぜひとも劇場で体感してもらいたい。(これを書きながら、思い出してまた笑っている)

仕切りたがりや、事なかれ主義など、それぞれのキャラクターがまた、「いるいる、こういう人!」という共感度が非常に高く、「PTA、絶対参加したくない!」という恐怖を抱えながらの観劇は最高に楽しくてスリリング。
徐々に剥き出しになっていく大人たちの内面や諸事情。そして大喧嘩!あれやこれやといろんなことがあっても、それでも続いていくPTA活動。嗚呼、「ハッピー」という言葉の皮肉さよ!

子どものように感情を爆発させる大人たちはみっともないし、滑稽だ。けれど、みんな真剣なのだ。
観劇後の爽快感に浸りながらの帰り道。信号待ちをしているときに、自分自身も来年から小学生の母になることに気づき、ウッとなる。本作でもらった笑いと力を糧に、6年間を乗り切ってみせる!でもくじ運向上しますように!神様!という誓いと祈りを強くした。

悦永弘美(えつながひろみ)
1981年、小樽市出身。東京の音楽雑誌の編集者を経て、現在はフリーのライター兼イラストレーターとして細々活動中。観劇とは全く無縁の日々を送っていたものの、数年前に演劇シーズンを取材したことをきっかけに、札幌の演劇を少しずつ観るようになる。が、まだまだ観劇レベルはど素人。2015年、仲間たちとともに短編映画を制作(脚本を担当)。故郷小樽のショートフィルムコンテストに出品し、最優秀賞を受賞したことが小さな自慢。
作家 島崎町さん


真夏のホラーコメディである。

いや、ホラーなんてだれも言ってない。そもそもそんな話じゃないだろ、と思われるかもしれないけど、僕はこの舞台を観て、笑いながらゾッとした。

きまぐれポニーテール『ハッピーママ、現る。』は、PTAの定例会を舞台にした物語だ。8人の父母とPTA会長、そして男女の教師を合わせた11人が、毎月の定例会を教室で行っていく。ひとりひとりを見ると“まともな”大人のようだが、PTAの活動を議論する中で、しだいに彼ら彼女らの隠されているものが見えてくる。

人間の皮を一枚むけば、コメディかホラーになる。隠している内面が剥き出しになると滑稽だし、本当に人の皮をむけばホラーになるし。物理的にむかなくても、この人、本当はこういう人だったんだ、と真の姿があらわになるとゾッとする。

本作は笑い9、怖さ1くらいの配分だと思えばいい。実際観ていて大いに笑った。切れ味のある笑いが繰り出され、要所要所にあっといわせる展開があり観客の度肝を抜く(ネタバレだからあの場面のことが言えないのが悔しい! これ、リピーター割引使って2回目観にいったら、もう冒頭から“あの人”があーなんだよねえって、ずっと笑いが止まらないはず。まあ演劇シーズン史に残る衝撃シーンとだけ言っておこう。気になる人は絶対観にいった方がいい)。

笑いの要素を支えているのは役者だ。この舞台は役者が本当にいい。こういう人いるいる(笑)と、知りもしないのに知ってる人たちのように思えてくる。

やたら仕切りたがる承認欲求強めな人、ことなかれで場を収めるだけの人、自分のコンプレックスを他人に向ける人、自分に都合のいい解釈にこだわる人……

どこにでもいる、だれの心の中にもある、そういう人格を、的確に舞台の上に出現させていた。脚本と役者と演出(&スタッフ)の力だろう。

教室というワンシチュエーションで繰り広げられる大人の悲喜こもごもなのだけど、大の大人があんなことで揉め、そんなことを言い、こんなことになってしまうなんて。それにしても不思議なもので、大人たちがだんだん、子供のように見えてくるのだ。教室で、子供たちの机と椅子に座り、わーわー言い合ってる大人たち。背丈は大きいけれど、中身はけっきょく子供のまま。

もしかしたら大人とは、成長しない中身を隠すことがうまくなった子供なのかもしれない。それが、教室に入れられ、小さな机と椅子をあてがわれ、PTA定例会という授業がはじまると、真の姿が現れる。背丈だけ大きくなった、自分は大人だと思い込んでる子供たち。笑えると同時にゾッとする。真夏のホラーコメディだ。

初日初回に観にいって、ちょっと驚いた。あれ? 席に余裕あるなと。灼熱の昼間に観にいく人が少ないのか、それともこの舞台のよさが伝わっていないのか。正直、いまこのレベルの舞台を札幌で観られるのはうれしいことだと思った方がいい。

小劇場らしい、客席と舞台の心の距離が近い舞台だ。役者がよく、笑いがあって、好感が持てて、しかも人間ってものの内面も描いている。

話題作で大いに期待して観にいくというよりも、ふらっと何気なく劇場に入って、意外な掘り出し物に出会ったような、喜びのある作品なので、ぜひ劇場に足を運んでほしい。

島崎町(しまざきまち)
作家・シナリオライター。近著『ぐるりと』(ロクリン社)は本を回しながら読むミステリーファンタジー。現在YouTubeで変わった本やマンガ、絵本など紹介しています! https://www.youtube.com/channel/UCQUnB2d0O-lGA82QzFylIZg
俳人、文芸評論家 五十嵐秀彦さん

「いかさまだ〜〜〜〜!!!」
いきなり反町(飛世早哉香)の絶叫で始まる。
BLOCHはステージと客席との間が激セマなので、思わずオオオとなった。

目黒区立碑文谷小学校。いかにも実際にありそうなリアルな名前の学校(実際にはないけどね)のPTA美化委員会、略して「ひも美」の会議でのこの絶叫は、委員長の選考方法に対するものだった。
この場面、委員長なんかやりたくない、そもそもPTAの役員自体やりたくないという「一般的」な人たちと、実は委員長になりたい人の、それぞれの微妙な表情がウケた。
前委員長の蒲生(栗原聡美)が結局自薦で委員長続行に決まるものの、委員長には成りたくないはずの他の人々は本音では蒲生に降りてもらいたがっていた。
ああ、これはいかにもPTAの温度感だと思いながら見ていて、でもオレは一度もPTA役員なんかやったことないんだった、と気づく。
それなのに、ボランティアという名目でなかば強制的に参加させられた上に自分の意見なんか言って責任押し付けられてたまるか、と口をつぐむ風景は容易に想像できる。それがPTAというものかしら。

自己中心的な蒲生と、虚栄心の強い反町。しかたなく参加しているママたち(パパもいる)も含めてデフォルメされたPTAの縮図がじわじわ見えてくる。
児童たちに命の大切さを教えるためにと蒲生が企画を提案する。それが個人的な趣味でしかないイベリコ豚の飼育とハーブ園作り。
「ひも美」としてPTAに提案することを蒲生は強引に決めてしまい、反町は話を合わせる。幸田(五十嵐みのり)は常識的な疑問を差し挟むものの無視される。
このあたりは導入部なのだが、ここにわだかまるモヤモヤがそのまま芝居の大きな流れとなって進行してゆくのだった。

そこに現金窃盗事件が起きたり、セクハラPTA会長が登場したり、いじめ事件が起きたり、豚が脱走したり、PTAに対して無力な若い教師同士の痴話ごとがあったり、スナックママの熊井(小林泉水)がいかにもお水だったり、根拠のあったりなかったりする誹謗中傷が飛び交ったり、PTAや小学校がらみのイタイ小ネタがつぎつぎとぶちこまれてゆく。
そのぶちこまれかたが実に雨あられ。非常識なほど過剰な展開で突っ走りだす。

気まぐれポニーテールのコメディとしては前半のテンポが予想よりゆっくりしているかな、と思っていたら後半になってテンポアップ。終盤は期待通りのドタバタへ。
笑いどころは随所にある。しかしどの笑いも皮肉に満ちたものだった。笑っている自分もひょっとしたら共犯者かも、という体の笑いなのである。

薄暗い中で黒板の日付が直され時計の針が動かされてゆく暗転(明転?)のたびに、状況は混乱し迷走する。エピソードの中に子どもたちの影はちらつくものの、それも大人たちのエゴにかき消されてゆく。
コメディながらかなり社会派の内容だ。
この舞台にオチはない。たぶん。
オチのないところが、救いようもなくせつない。
逃げた豚を追いかけるがごとき虚しさもまたデフォルメされた現実なのだろう。

同劇団による初演は2年前、無観客で実施しyoutubeで配信された。今回、ようやく客の前で演じることができるという喜びが舞台にあふれ出ていた。
ダブルキャストというのも、たとえば個性強烈な飛世さんの演じる反町を山崎亜莉紗さんがどう演じるのかなど、興味ひかれるところ。

役者の体温が伝わってくるBLOCHならではの演目。暑い日が続くので、クーラーの効いた暗闇に涼みにいくのもオツですぞ。

五十嵐秀彦(いがらし ひでひこ)
1956年生れ。札幌市在住。俳人、文芸評論家。
俳句集団【itak】代表。現代俳句協会理事。
北海道文学館理事。
北海道新聞「新・北のうた暦」(共同執筆)、「道内文学時評」執筆。
朝日新聞道内版「俳壇」選者。
月刊「俳句」(角川書店)「令和俳壇」選者。
著書 句集『無量』(書肆アルス)
1995年 黒田杏子、深谷雄大に師事。
2003年 第23回現代俳句評論賞受賞。
2013年 北海道文化奨励賞受賞。
2020年 藍生大賞受賞。
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