ゲキカン!


ライター・イラストレーター 悦永弘美さん

この夏も無事幕が上がったことが、とにかく嬉しい札幌演劇シーズン2021 夏。
ざわつく街中をすり抜けて、弾む気持ちでシアターZOOの階段を降りた。

トップバッターは、のと☆えれきの「私の名前は、山田タロス。」。パンフレットにあった「近未来サスペンスコメディ」「アクトノイドと呼ばれる人造人間」「北海道警察サイバー犯罪対策課」というフックの効いたワードが期待値を高めてくれる。

机と椅子、二人の役者。
シンプルな舞台は、私たちの想像力を大いに刺激し、その背景に広がる近未来の世界に想像を巡らせることかできる。と同時に、必要最低限に削ぎ落とされたその舞台は、優れた脚本と二人の役者の真っ向勝負を生かす、最高の空間だ。

カレル・チャペックの「R.U.R」の劇中劇から始まる物語は、緩急のあるテンポの中で、コミカルとシリアスを行き来しながら、想像を遥かに超えた展開へと進んでいく。

いやはや、笑った。呼吸のあった二人の掛け合いが、もうとにかく面白く、至極な時間。
劇場内に弾ける笑い声が響いたかと思えば、緊張感に包まれて、と思えば再び笑いに包まれる。この臨場感、客席と舞台が一体化するようなグルーヴ感がもう、ひたすら楽しい。

何かと二択を迫られる昨今。白か黒か、0か100か振り分けられるほど、物事は単純ではないという、当たり前のことへの気づき。 そして、生命の倫理や区別と差別、愛や嫉妬、執着。そこかしこにあった問いかけに、考えを巡らせる。

笑って、笑って、切なくなって、気づき、考える。そしてラストの余韻!観劇の醍醐味が詰まったようなこの体験が幸せだ。

今作は配役を入れ替えたダブルキャストだそうで、私が観た2日目は「エレキタロス」(語感が心地よい)バージョン。二人芝居でダブルキャストとは、すごい試み・・・!

この日は、脚本の二朗松田さん(カヨコの大発明)を迎えてのアフタートークも実施。
二朗松田さんは当初、エレキタロスを想定して脚本を書いたけれど、二人はあえて逆を演じたというこぼれ話も披露。
これはもう、ますます「ノトタロス」も見たくなるでしょう!

二朗松田さんの脚本の圧倒的な面白さと、互いの芝居の魅力を最大限に引き出す能登さんとエレキさんの相性の良さが、存分に生かされた濃密な65分。幸せな劇場体験が確実に待っているので、是が非でも観に行くべき案件です。

【追記】

ということで、このたび『のとタロス』を見てまいりました。

いやはや、二人芝居のダブルキャスト、とっても面白い!

物語はすっかり知っているのに、やはり笑ってしまう。
そして、真相に近づいていくミステリーの高揚感も、十分満喫できる。

所作、佇まい、おとぼけ感や不敵さ。まったく同じではないし、まったく違うわけでもない、この絶妙さが限りなく新鮮だ。
物語がより一層立体的に見えてくるし、観賞後の余韻もたっぷり味わえて、「あぁ、やっぱりこういうことか!」なんて答え合わせもできたりして、あぁ、とっても楽しい・・・!

役者が入れ替わる。
この作用がもたらす効果を存分に味わってほしい。
2人の役者が1人の役柄を演じる。
まさに、2人で1つだ!なんてことを思いながらの劇場からの帰り道は、とても愉快だった。

悦永弘美(えつながひろみ)
1981年、小樽市出身。東京の音楽雑誌の編集者を経て、現在はフリーのライター兼イラストレーターとして細々活動中。観劇とは全く無縁の日々を送っていたものの、数年前に演劇シーズンを取材したことをきっかけに、札幌の演劇を少しずつ観るようになる。が、まだまだ観劇レベルはど素人。2015年、仲間たちとともに短編映画を制作(脚本を担当)。故郷小樽のショートフィルムコンテストに出品し、最優秀賞を受賞したことが小さな自慢。

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作家 島崎町さん


もし、フィリップ・K・ディックが古畑任三郎を書いたら。

とでも言うべきSFコメディミステリー。なんじゃそりゃ、と思うかもしれないけど。

ラボチプロデュース のと☆えれき『私の名前は、山田タロス。』は、ふたり舞台で65分というコンパクトさ。にもかかわらず内容は、近未来の自殺未遂事件の犯人捜しを通して、人間とアンドロイドの存在の揺らぎを描くというテーマ性。エキセントリックな刑事が生みだす笑いあり、二転三転するサスペンスあり。盛りだくさんだ。

冒頭にあげたフィリップ・K・ディックは作家で、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』(映画化名『ブレードランナー』)などの小説を書いた。人間と寸分たがわぬ存在は人間ではないのか、本物と偽物にどんな違いがあるのか、という題材を好んだ。

アンドロイドを「虚」、人間を「実」とするなら、虚実の境目を描いた作家ということになる。この虚実の境目というのは演劇と食い合わせがいい。演劇もまた、舞台という虚構の空間で、偽物(役者)が本物を演じるからだ。

どこまでも「虚」を突き詰めていった結果、観客にとって偽物は本物と変わらない「実」となる。現実世界よりも演劇世界の方に心打たれ、偽物の言動に心を震わせる。ときに喜び、ときに涙して、気がつけば虚構の現実に取りこまれている。そうなるともう帰ってこられない。さようなら。

そういうわけでこの舞台、『私の名前は、山田タロス。』でいちばん面白かった場面もまた、虚実の入りまじるところだった。容疑者と刑事が事件を再現するために、回想的に演じはじめる。過去と現在が入りまじり、現実が浸食されているような感覚に陥る。虚と実どちらに足を置いて立っているのかわからなくなり精神が揺らぐ。すばらしい! その虚実のゆらめきを、肩の力を抜いて軽やかに演じるふたりの役者、能登英輔、小林エレキはたくみだ。

劇団yhsの看板役者のふたりは、日ごろからツイキャスやYouTubeで発信をつづけていて、舞台上でのコンビネーションも抜群。すきあらば放りこまれるクスグリは楽しく、オフのゆるさが楽しが、一転してオンのスイッチが入るととたんに舞台は凍りつく。

いい意味でのゆるさとスリリングな展開で、65分という上演時間がさらに短く感じられる。短すぎる、もっと観ていたい! という気持ちになった。もうあと20分くらいあって、人間と人間に近い存在の違いはなにか、という掘り下げや、登場しない被害者(自殺未遂)の存在感をさらに増してもいいんじゃないかとも思ったけど、贅沢な意見だろうか。

まあ、もっと観たいと思った観客は、本作ダブルキャストでふたりの配役を逆にしたバージョンがあるのでそっちを楽しんでください、ということなのかもしれない。

能登&エレキのコンビは最高で、このふたり芝居シリーズをいつまでもつづけてほしいと思った。数年、数十年、そのうち能登ロボットとエレキロボットとなって、いつまでも、いつまでも……。

島崎町(しまざきまち)
作家・シナリオライター。近著『ぐるりと』(ロクリン社)は本を回しながら読む不思議な冒険小説。YouTube「比嘉智康と島崎町のデジタルタトゥー」で楽しい「変な本」を紹介中! https://www.youtube.com/channel/UCQUnB2d0O-lGA82QzFylIZg

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俳人、文芸評論家 五十嵐秀彦さん


前情報で「人造人間」うんぬんを知って、映画「ブレードランナー」とそのレプリカントを思った人。そう、あなた。そして、ぼく。
それは少し正解、だが大きくズレてもいる。(着地点が不安になる設定だ。)

まず冒頭で「ブレードランナー」説の人、裏切られます。
いきなり始まる劇中劇。
あ!これはカレル・チャペックの戯曲「R.U.R.」じゃないか。
チェコで作られた100年前の戯曲。技師アルクイストがアダムとイブを送り出すラストシーンだ。
なるほどこの芝居の世界観はチャペックのロボットなんだ。そうかそうかと、脚を組んで椅子に凭れ、ちょっと安心していると、奇妙な展開になってゆく。

女優が劇場のビルの屋上から転落したらしい。自殺未遂と思われたが、なぜか道警サイバー犯罪対策課の刑事が捜査に乗り込んできた。そして女優と対立していた俳優・山田タロスに疑いの目を向けて尋問を始める。

舞台にはテーブルひとつ、椅子がふたつ、それだけの世界。
なにやら秘密を隠しているらしい山田タロスと、奇妙きわまりない尋問を繰り返す牧内刑事。
ここらあたりのサスペンス仕立ては「R.U.R.」よりむしろ「ブレードランナー」ぽい。人造人間アクトノイドの寿命が絡むゾッとさせられる背景。

うーむ。60数分の短篇的舞台に詰め込まれた巨大で謎めいた近未来SF的世界観と、それとは対照的にふたりの人間の間合いのみが揺れてぶつかり離れて近づくミクロな舞台世界。
実に多くの問いが舞台上のふたりから観客に次から次へと投げつけられる。

「大通公園のハトおばさん」って誰だ?!

二人芝居なのにダブルキャストという設定で、ぼくが観た初回は能登英輔が山田タロス、小林エレキが刑事役だったが、翌日にはこれが入れ替わるという。
観客が投げつけられた問いへの答えは、その両方を見なければわからぬのかもしれない。
余裕があればぜひ配役を入れ替えた回も見たいものだ。

【追記】「私の名前は、山田タロス。」を2回観て  

前回初日公演の「能登タロス」回を見たのだが、今回「エレキタロス」も見ることができた。
初回とマエセツの調子が違う(録音なのに)とかどうでもいいことを思いながら見るというのも面白いものだ。
同じ芝居と言っても、配役が入れ替わっているのだから厳密に言えば、同じとは言いがたい。

それにしても二人芝居で毎日役を入れ替えるというアクロバチックな「蛮行」をやり通している二人の役者に、つくづく力量の高さを感じた。
ぼくのように、昔から芝居を見ていてもどの役を誰がやっているかということへの興味が比較的薄く、役者より登場人物に感情移入しがちな者には、かつて感じたことのない不思議な体験ができた。

さすがに今回は脚本のディテールまで楽しむことができた。初回はその目まぐるしい展開に目を奪われ、ラストで提示されるメッセージまで十分受けとれずにいたが、今回は自分なりに納得できたように思う。ネタばれになるのでそこは書かないけどね。

もちろんどちらの回を見ても完成された舞台なので十分楽しめるが、こうして配役交代であらためて観ると、この二人の役者のそれぞれの個性が際立って感じられ、「二度美味しい」経験ができることは間違いない。
観る前に疑問に感じていたのは、「能登タロス」回の場合には、タロスという人物の受け身な存在と、牧内刑事の躁病的なエキセントリックさが際立っていて、役者が入れ替わることでその関係はいったいどうなるものなのか、ということだった。だって脚本は変わらないわけだからね。
驚いたのは、台詞が同じなのにそこに居たのは、とんがったエレキタロスと狂言まわしの役割に徹する能登牧内刑事だったのだ。登場人物の性格が逆転しているのである。
あらためて二人芝居のダブルキャストという実験的な舞台の醍醐味に魅了された。

これって、一回の舞台を2部構成にし同じ芝居を役を入れ替え連続してやっても観客は飽きることがないかもしれない。いや、きっと飽きない。
役者は死ぬかもしれないが・・・。

五十嵐秀彦(いがらし ひでひこ)
1956年生れ。札幌市在住。俳人、文芸評論家。
俳句集団【itak】代表。現代俳句協会理事。
北海道文学館理事。
北海道新聞「新・北のうた暦」(共同執筆)、「道内文学時評」執筆。
朝日新聞道内版「俳壇」選者。
月刊「俳句」(角川書店)「令和俳壇」選者。
著書 句集『無量』(書肆アルス)
1995年 黒田杏子、深谷雄大に師事。
2003年 第23回現代俳句評論賞受賞。
2013年 北海道文化奨励賞受賞。
2020年 藍生大賞受賞。

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漫画家 田島ハルさん

珍しく猛暑日が続く札幌で、今年の夏も演劇のお祭りが幕を開けた。

ところで、今まさにスマホやPCの前にいる、そこのあなたに問いたい。何故この「ゲキカン!」を読んでいるのだろう。

・これから観る予定。どんな内容か予習したい
・既に観た。他人の感想が知りたい
・行くかどうか迷ってるので参考にしたい
・行けないけど気分だけは味わいたい
・なんとなく気になる
・関係者なのでとりあえず見てる

想像する限り状況も目的もそれぞれだが、「行くかどうか迷ってる」「なんとなく気になる」の人々には、四の五の言わずとっとと会場に足を運んでもらいたい。なんなら私の稿は読み飛ばしていただいて構わない。初日から活きの良い舞台が観客を巻き込み、祭りは最高の盛り上がりをみせている。二の足を踏んでる時間はさほど無いようである。

今シーズンのトップバッターは、のと☆えれき公演「私の名前は、山田タロス。」。

うん、これは絶対面白いよね。トップバッターに持ってくるのはあざといよね。

もはや説明不要の実力派俳優のお二人、能登英輔さん小林エレキさんのユニット「のと☆えれき」。
打てば響く、という言葉が適切だろうか。二人の掛け合いは安心と信頼の夫婦漫才のようで、観ていて気持ちが良い。互いの表現の持ち味を生かし合う、相性の良さが初日の舞台でも光っていた。

舞台上には机と椅子2脚のみ、小物や音なども必要最低限。これは演技と脚本に自信がなければできないことだろう。上質な素材をまるごと味わえるように整えられていた。

ストーリーはSFがベースになっている、サスペンスコメディ。二転三転する事件の真実、次々と謎が明かされていく度に観客は戸惑い混乱するだろう。けれど、心を乱される瞬間は不思議と心地好い。上演時間約65分があっという間だ。

そして、今作の目玉は「二人芝居でダブルキャスト」という試み。
初日は山田タロス役を能登さんが演じ、2日目は山田タロス役をエレキさんが演じる…といったふうに、配役を変えて交互に上演するという。
これは、どちらも観なければ「山田タロスを観た!」とは言えないかもしれない。お二人が役柄をどう解釈するのかも見所だ。

因みに、山田タロスに対峙する牧内という刑事は終始スーツを着用している。いぶし銀のスーツ姿、素敵でしたよ。見たいでしょう。お二人のスーツ姿を目に焼き付けて萌えたいわ♪という方は、やはり劇場に最低2回は足を運ばねばならないでしょう。

今作のチケットは次々とソールドアウトされていると風の噂で聞いたので、重ねて申し上げるが、迷っていたらお早めに。

この夏は約1ヶ月間。全5作品の舞台の熱を「ゲキカン!」を通じて、あらゆる状況下にいる皆さんに少しでも届けられるよう綴ってゆく。
杯を酌み交わし、だらだらとのんきに感想を語り合えるその日を心持ちにしながら。

【追記】

2回目の観劇をしたので追記する。

前述したように、今作の見所の一つは、配役を変えて交互に上演する「二人芝居でダブルキャスト」というかなり冒険な試み。今回は山田タロス役をエレキさんが演じる回だった。

いやー、2回観て良かった。

物語の着地点は既に理解しているにもかかわらず、そこに至るまでの離陸、旋回、上昇、降下…配役が変わるだけでこれ程面白みが違うのかと思った。入り組んだ航路の理由も、すとんと腑に落ちた。乱気流の後に生まれる静謐な空気も良かった。オイシイ所は更にオイシイ。

また、配役が変わっても受けと攻めのパワーバランスは変わらないのが印象的だった。揺るがない土台があるのは、やはり双方の相性の良さか。役の型をそれぞれに見出だす表現者の矜持も感じた。

白状すると、2年前の初演も観ているため、正しくは通算3回目の「山田タロス」を観たことになる。どんだけ好きなんだと言われても、ぐうの音も出ない。

田島ハル
札幌生まれ札幌在住。漫画家、イラストレーター、俳人、文筆家、小樽ふれあい観光大使。
2007年に集英社で漫画家デビュー。
著書に「モロッコ100丁目」(集英社)、「旦那様はオヤジ様」(日本文芸社)他。
朝日新聞道内版のイラストとコラム「田島ハルのくいしん簿」、北海道新聞の4コマ漫画「道北レジェンド!」、角川「俳句」の俳画とエッセイ「田島ハルの妄想俳画」など連載中。
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