ゲキカン!


俳人、文芸評論家 五十嵐秀彦さん

さあ、「札幌演劇シーズン2021・夏」もいよいよトリの演目を迎えている。
これまで、シアターzoo、コンカリーニョ、BLOCHと、小劇場つまり昔風に言えば「小屋」の演劇(ああ、ぼくらの世代にとって「小屋」は宇宙だった)が続き、すっかり沼に浸っていたところに、最後にやってきたのが「かでる2・7」ホールでの「もえぎ色」によるミュージカル! 直球のミュージカルだ!

幕が上がれば最後まで心踊るリズムと旋律、歌声が客席をすっぽりと包み込む。
ステージ奥に陣取ったHide-c.をリーダーとする生バンド(土日限定)の迫力あるサウンドの波が、舞台から客席へと波となって打ち寄せてきた。

物語は単純なものだ。
スポットライトのあたる場所をとっくに諦めたはずの歌手たちが最期の機会に賭け、限界を乗り越えて栄冠を目指す。しかし、その夢はかなうのだろうか。
これはサクセス・ストーリーか、それとも・・・。

けれどそんなストーリーもまた音楽を盛り上げるエピソードなのかもしれない。
「歌って踊れば嫌いな自分を忘れられる」。
「少女の夢は、醒めてもおぼえている」。
そんな台詞をまさに地で演じるような、音楽と歌とダンスの力が舞台から溢れ出していた。

音楽はいいな。この日、客席にいたすべての人が、音楽はいい!と感じただろう。
そのことが今日の舞台の目指すものだったはずだ。しっかりと受けとめた。
ステージの上だけでなく、客席も活用する演出は、このミュージカルを誰もが身体で感じ、ともに歌い踊っているような気分にさせてくれた。

いやおうもなくデストピアに進むかに思える今の世の中、ひょっとすると音楽がそれを変えるかもしれない。音楽の力で今の自分を前向きに認めることができるかもしれない。
ビッグ・シンガー・グロリアスの3人(光輝萌希・蛯名紗友水・国門紋朱)、レディ&ゴウ(小島翼斗・山木眞綾)、アンナ(西村海羽)、そして出演者すべて、子供たちももちろん、全員がこのミュージカルの主人公だった。

シーズンのトリを飾る華やかな「もえぎ色」のミュージカル。ぜひ子どもも一緒に、孫がいれば孫も連れて、音楽の魔法のひととき、今年最後の「夏の夢」を楽しみに行こうじゃないか。

五十嵐秀彦(いがらし ひでひこ)
1956年生れ。札幌市在住。俳人、文芸評論家。
俳句集団【itak】代表。現代俳句協会理事。
北海道文学館理事。
北海道新聞「新・北のうた暦」(共同執筆)、「道内文学時評」執筆。
朝日新聞道内版「俳壇」選者。
月刊「俳句」(角川書店)「令和俳壇」選者。
著書 句集『無量』(書肆アルス)
1995年 黒田杏子、深谷雄大に師事。
2003年 第23回現代俳句評論賞受賞。
2013年 北海道文化奨励賞受賞。
2020年 藍生大賞受賞。

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作家 島崎町さん

すっきり割り切れる舞台だ。

出てきた人たちみんなハッピー、モヤモヤ・ズルズル引きずらない、夢と希望にあふれた気持ちいいほどのエンディング。割り算で、余りなく、完璧に割り切れたような爽快感がある。

もえぎ色『BIG Singer Glorious』。かつて歌手を目指していた女性3人組は、田舎の町でそれぞれくすぶっているが、2人の子持ちであるドリーは夢をあきらめきれない。町のホール解体と、そこで行われる最後のコンテストを目標に3人はふたたび動きだすが、これまでのブランク、家族の反対、ライバルの出現など、困難が待ち受けていた……。

僕は割り切れない物語やあと腐れのある作品なんかも好きなんだけども、ここまで全力で、なんの迷いもなくハッピーな物語をやられてしまうと、もう参りましたと言うしかない。

今期演劇シーズンの、ひとつ前の公演、ELEVEN NINES『プラセボ/アレルギー』とくらべると、もうまったく、あと味が全然違うね。

『プラセボ~』はいつまでもあとを引くようなモヤモヤ感が最高だったけど、こっちは竹を割ったような、とんでもなく気持ちのいい解放感。おなじ時期、おなじ札幌で公演されたふたつ舞台を観て、物語の多様性や札幌演劇界の幅広さを感じた。

全員しあわせ、それでいいじゃない、というメッセージ。とことん明るく、楽しくしてやろうという信念。新型コロナで閉塞しているいま、いろんなモヤモヤを吹っ飛ばしてくれる、演劇シーズンラストにふさわしい公演だ。

シンプルでわかりやすく、曇りのないストーリー。土日限定の生バンドの音圧・迫力、歌、踊り、照明、舞台装置、もろもろよかったが、いちばん言っておきたいのは魅力的なキャラクター。

特に! 敵役・ライバルが魅力的な物語は面白くなると言われているけど、本作もまさにそう。都会から田舎のコンテストへ乗りこんでくる男女ペア「レディ&ゴウ」。かつて主人公たちといっしょに歌っていたが、いまは自分のグループを結成し都会進出を目指すアンナとそのグループ「アンナ・ア・リトル」。

この二勢力との衝突が中盤のメインの進行になるのだけど、どちらのグループも個性的かつ魅力的なのでダレない、どんどん引きこまれる。個人的に「レディ&ゴウ」はスピンオフ作ってほしいくらい。昼は苦手なバイトで苦労しつつも、週末は地方のコンテスト荒らしに精を出すふたりの活躍とか、ふたりが出会ったきっかけの、結成秘話でもいい。

ということで、とことん楽しい舞台が観たい! しあわせな気持ちになりたい! という人にオススメ。元気が出ます。

島崎町(しまざきまち)
作家・シナリオライター。近著『ぐるりと』(ロクリン社)は本を回しながら読む不思議な冒険小説。YouTube「比嘉智康と島崎町のデジタルタトゥー」で楽しい「変な本」を紹介中! https://www.youtube.com/channel/UCQUnB2d0O-lGA82QzFylIZg

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ライター・イラストレーター 悦永弘美さん

パワフルな歌声とダンス、贅沢な生演奏に、色とりどりの衣装。
かでる2.7の劇場をめいっぱい使い、観客席を巻き込みながらハッピーなエンディングへと向かっていく多幸感に満ちた約1時間40分。
コロナ禍の中で、4つの劇団が力の限り繋いだバトンをしっかりと受け取り、札幌演劇シーズン2021夏の大トリを飾るのは、ミュージカル劇団もえぎ色の「BIG Singer Glorious」だ。

小さな田舎町に住むアラフォー・シングルマザーのドリー。
一度は諦めた「歌手になって大舞台で歌いたい」という夢を叶えるために、2人の友人とともに再びオーディションに挑戦することになって……。

主役のドリーの歌うことへの直向きさ、子どもたちへむける愛情(子どもたちがまた可愛くて、可愛くて……)。 立ちはだかる壁や挫折を超えて歌い上げる姿には、思わず胸がいっぱいになる。パワフルでキュートで、魅力溢れるこれぞ圧倒的なヒロイン感!

ウェーブやペンライトを仕掛けながら、客席を沸かせてくれた憎めないヒール、レディ&ゴウ。ファミレスバイトの哀愁を伸びやかに歌うバラードも必聴!(そして山木眞綾さんのゴウが最高過ぎて、推しちゃう)

あ!スタン・ハンセンが出てくる!
なんて思わず身を乗り出してしまうフックの効いた楽曲にのせて、小悪魔的魅力とパンチの効いた歌声で痺れさせてくれたアンナ。

数々のキラーチューンを武器にした魅力的な登場人物たちの歌声やダンス!客席のあたたかな拍手や手拍子を力に変えて、会場の温度をぐいぐいと上げていくこのライブ感。
「BIG Singer Glorious」という物語には、前を向いて進んでいこうという強い思い、音楽に対する希望や願い、ミュージカルへの愛とリスペクトがめいっぱい詰まっている。

音楽がもたらす力、劇場が見せてくれるたくさんの夢。
ステージと一体になって、老若男女問わず体の底から思い切り楽しみ、幸せな気持ちにさせてくれる夏の終わりの素敵なステージ。
余韻を胸に歩く観劇後の帰り道は、いつもよりうんとカラフルだ。

悦永弘美(えつながひろみ)
1981年、小樽市出身。東京の音楽雑誌の編集者を経て、現在はフリーのライター兼イラストレーターとして細々活動中。観劇とは全く無縁の日々を送っていたものの、数年前に演劇シーズンを取材したことをきっかけに、札幌の演劇を少しずつ観るようになる。が、まだまだ観劇レベルはど素人。2015年、仲間たちとともに短編映画を制作(脚本を担当)。故郷小樽のショートフィルムコンテストに出品し、最優秀賞を受賞したことが小さな自慢。

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漫画家 田島ハルさん

のびやかな歌声、パワフルなダンス、迫力の生バンド演奏。まるで遊園地の賑やかなパレードのような、キラキラと幸福感に満ちた舞台だった。札幌のミュージカル劇団・もえぎ色公演「BIG Singer Glorious」初日。子どもも大人もお祭り騒ぎ。全身全霊で舞台に立つキャスト達に、客席からあたたかな拍手と手拍子が送られた。

劇場はかでる2・7。
開演前、舞台の垂れ幕の前にちびっこキャスト達が現れ、元気いっぱいの歌とダンスが始まる。もえぎ色では恒例の「前説ダンス」というものらしい。
「写真撮影OKだよ」「客席で小さな子どもが喋っていてもあたたかい目で見てね」「アンケートをよろしくね」など、ちびっこ達の愛らしさMAXの前説に掴みはバッチリ、劇場の空気がほんのり和らいだ。

垂れ幕が上がると、夢のように華やかなステージが眼前に広がる。憂き世を忘れる、1時間40分の別世界への入口だ。

物語の主人公は、とある田舎町「サカエテナイタウン」に住む、アラフォーで2児の母・ドリー。シンガーになることを夢見るドリーは親友2人と組み、歌のコンテストに挑戦する。周囲の冷ややかな声に揺れ、過去の後悔とも向き合い、葛藤する3人。コンテストを前にドリーの身に思わぬ事態が…。

心の動きが、曲と歌声になり丁寧に描かれていたのが印象的だ。主人公ドリーが夢に向き合い挑むと決意してからの、のびやかでパワフルな歌声は圧巻。親友のリズとシーと歌声を重ねた際には、3人の強い結び付きを感じた。
また、当初はドリーの夢に難色を示していたドリーの母・ママーが、悲しみの中にいるドリーに寄り添う場面も良かった。慈愛に満ちた歌声が、子守唄のように劇場全体を温かく包み込んでいた。

色彩豊かでド派手な衣装とヘアメイクも見所の一つ。都会からやってきたキワモノコンビ・レディ&ゴウの、ゴシックロリータとパンクを合わせたデザインの衣装は、優雅なスカートのドレープや王子系のジャケットなど、細部にも作り手のこだわりがキラリと輝く本格的な物だった。
そんなゴージャスな装いで現れるレディ&ゴウだが、普段はファミレスのバイトや実家暮らしだそうで…ギャップに萌える。

Hide-C.さん率いるスペシャルバンドによる生演奏は、音の振動が身体に響くライブならではの迫力。ピアノの優しい音色はいつまでも耳に残り、作品に幸せなきらめき与えていた。因みに、生バンド演奏は土日のステージのみで楽しめるのだそう。

演劇シーズンのトリを飾るにふさわしい、希望のある、前向きなエネルギーに満ちた作品だ。
今年も夏祭りやビアガーデン、様々なイベントがお預けになり、お盆の帰省ですら自粛が呼び掛けられている状況下で、どこか淋しくやりきれない気持ちを抱えている人がいたら、劇場に足を運んでほしい。もえぎ色の魔法にかけられて、夢のようなひとときを味わえるだろう。

田島ハル
札幌生まれ札幌在住。漫画家、イラストレーター、俳人、文筆家、小樽ふれあい観光大使。
2007年に集英社で漫画家デビュー。
著書に「モロッコ100丁目」(集英社)、「旦那様はオヤジ様」(日本文芸社)他。
朝日新聞道内版のイラストとコラム「田島ハルのくいしん簿」、北海道新聞の4コマ漫画「道北レジェンド!」、角川「俳句」の俳画とエッセイ「田島ハルの妄想俳画」など連載中。
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