ゲキカン!


ドラマラヴァ― しのぴーさん

 僕は斎藤歩という人が好きである。斎藤が世の中を演劇という視点で眺める物語の在り様が好きなのだ。不思議な人で、近づいてくると僕はいつも殺気を感じてしまう。寄らば斬るぞ、この野郎、的な。そして妙な色気をまとっている。苦労の時代も長かっただろうけれども、本当にいい役者だと思う。一生“役者バカ”を全うできることは間違いないだろう。師匠にあたる柄本明のように。戯曲家であり、演出家であり、音楽家(ユーフォニウムの名手)である斎藤が、子どもに向き合ったのが「劇のたまご」。初演は、当時3歳だった孫君の手を引いてZOOに向かった。「四宮さんにお孫さんがいらっしゃったんですね」的ではなく、小さな手を振る無垢な幼児に無言だったと思うけれど、とても柔らかい笑顔と眼差しを注いでくれた。あの時の斎藤の表情はとても僕の印象に残った。
 札幌はこぐま座とやまびこ座があるように児童劇がとても盛んだ。特にこぐま座(札幌市立こども人形劇場こぐま座)は、日本初の公立人形劇場であることは意外と知られていないと思う。活躍著しい立川佳吾が主宰するトランク機械シアターはこぐま座をホームにしていて、オリジナルの本が紡ぐ独特の世界観と人形の造形が幅広いファンに支持されている。にもかかわらず、なぜ札幌座が子ども向けの芝居をつくるのか。初演を観ても僕の小さな疑問は消えずにいた。
 僕の考え違いかもしれないけれど、卜部奈緒子さんが運営していらっしゃる発達障がいのある子どもたちにアートによる療育を行っている放課後デイサービスで、子どもたちが書いた絵(ペングアート)との出会いがとても素敵なケミストリーを起こしたのではないだろうか。地域社会の中にある演劇という表現の可能性や劇場の役割を感じずにはいられなかった。終演後、卜部さんと少し話す機会があったのだけれど、「自由に書かせてもらって嬉しかった」とおっしゃっていたことも僕の心に触れた。ペングアートの素晴らしい美術も特筆すべきものだ。
 「シンデレラ」の物語は、多分、僕たちはディズニーの映画や本が最初のコンタクトポイントではないだろうか。潤沢な資金力で次々とM&Aを進めるディズニーは今や巨大なエンターテインメントカンパニーだけれども、実はアメリカの良心のようなものを世界に伝えるエヴァンジェリストでもあり、プロパガンダだったりする。キャラクターも人間でいえば人種の多様性やジェンダーフリー、LGBTに至るまで実に配慮されている。でも、「シンデレラ」は世界中に類似した物語があって、僕たちが一番知っているのがグリム版というわけだ。
 原作に忠実につくられているのは、英語字幕を見ていても感じられた。主人公(熊木志保)が意地悪な姉たち(西田薫、櫻井幸絵)に「灰かぶり」と呼ばれていると嘆くところでは「Cinder Ella」と訳されていた。英語でcinderは燃えがら、灰なので正確に日本語訳すると「灰かぶりのエラ」ということになる。エラですって!鳩(横尾寛)が王子との仲を取り持つべく“エラ”を励ましたり、王子(櫻井ヒロ)が2度目に舞踏会に来た時に逃げられないように階段に糊を塗っておいた、といういかにも斎藤らしいスパイスは原作にあるものだけれど、原作の可笑しさを劇的世界に見事に引き出すことに成功している。人物がとても可愛いらしい。ミュージカル仕立てのところもあるのだけれど、熊木の声も美しく、音楽もする斎藤の面目躍如の楽しさだった。
 敢えて書くのであれば、児童劇が、子どもに親がついていくものであるならが、「劇のたまご」は親子で一緒に観るお芝居なのかもしれない。こんなふうに思ってくれる子どもたちがいるかもしれない。あの世界の向こうに行ってみたい。舞台に立ってみたい。そして、物語を演じてみたい。そんな子どもたちが次の演劇シーンをつくっていってくれる。そんな夢を考えたりした。ちなみに、僕の孫君は、櫻井が演じる魔女がぐつぐつ煮え立った鍋に落ちるシーンがとても怖かったらしく、誘っても一緒に行ってくれなくなったけれど。

ドラマラヴァ― しのぴー
四宮康雅、HTB北海道テレビ勤務のテレビマン。札幌在住歴28年目にしてソウルは未だ大阪人。1999年からスペシャルドラマのプロデューサーを9年間担当。文化庁芸術祭賞、日本民間放送連盟賞、ギャラクシー賞など国内外での受賞歴も多く、ファイナリスト入賞作品もある米国際エミー賞ではドラマ部門の審査員を3度務めた。劇作家・演出家の鄭義信作品と故蜷川幸雄演出のシェークスピア劇を敬愛するイタリアンワインラヴァ―。一般社団法人 放送人の会会員。著書に「昭和最後の日 テレビ報道は何を伝えたか」(新潮文庫刊)。
ライター・イラストレーター 悦永弘美さん

現在、絶賛イヤイヤ期中の我が息子との外出はなかなかのサバイバルだ。
ましてや観劇なんてレベルが高すぎる……という思いのもと、演劇シーズンの大トリ「ぐりぐりグリム〜シンデレラ」を観に行った。
観劇後の率直な感想は「息子、連れてくればよかった!!!!」である。
これは、息子も楽しんだはずだ。いやはや大失敗!息子よ、少々慎重になりすぎた母を許しておくれ。

開演前。たくさんの子どもたちが、舞台上で何やら一生懸命に作っている。どれどれ、と覗いてみると、劇で使用する豆と葉っぱを作っていた。「お芝居で使うお豆と、葉っぱが足りないのでみんな手伝ってください!」という役者陣の呼びかけに、子どもたちが腕まくりをして手伝っているのだ。開場から開演までの30分。子どもたちにとっては退屈なものだ。こうした演出は本当にありがたいし、楽しい。

ありがたいといえば、クッションマット席!これも本当に最高です。好奇心旺盛なキッズや乳幼児にとって、椅子に座って観劇するのはなかなかの難易度。クッションマット席ならば、自由に姿勢を崩すことが出来るし、何より舞台がとっても近いので、釘付けになること間違いなし。ママやパパの安心ポイントをしっかり抑えているので、とても心強い。

前説では音響さんや照明さんの仕事を紹介。スイッチを押すと音が鳴るよ、明かりが変わるよと教えてくれる。子どもも、大人も、めいっぱい後ろを振り返って音響さんや照明さんを観察する。わぁ、音楽が鳴った!わぁ、暗くなった!劇場内に新鮮な声が溢れていて、「演劇はみんなで作るもの」ということが楽しくすんなり入ってくる。ペングアートの子供たちによる舞台美術も素晴らしく、自由奔放に描かれた木やお城、シャンデリアなどどれもがカラフルで最高。

観劇中も、劇場内は終始子どもたちの楽しい声に包まれていた。シンデレラのドレスが舞台上に現れた瞬間、思わず身を乗り出し小さな手で拍手をして喜んでいた女の子。王子様の独創的なダンス(劇場でぜひ確認してください!)には大人も大笑いしたし、鳩が出てくるたびに顔を見合わせ笑う可愛い兄妹。二人の姉とシンデレラの掛け合いには劇場内が大爆笑。子どもたちがとっても楽しそうなので、大人も思い切り楽しめる。幸福な連鎖が生まれる素晴らしい空間がそこにはあった。

ついつい親目線で観劇してしまったのだが、もちろん大人だけでも存分に楽しめる。私たちが子どもの頃から慣れ親しんでいたシンデレラとは少し違う物語。心優しく、芯が強く、コミカルで可愛いシンデレラ、二人の姉たちは意地悪だけどとにかく可笑しくて、王子様は世間知らずで少しおバカなのに憎めない。そして鳩の面白さったら!意地悪な継母や魔法使いは不在だけれど、これまで知っていたシンデレラにはなかった、亡き母の想いが描かれていて心がとても温かくなる。大人も子供もめいっぱい笑顔で迎える演劇シーズンの大団円。これって、最高ですよね。

悦永弘美(えつながひろみ)
1981年、小樽市出身。東京の音楽雑誌の編集者を経て、現在はフリーのライター兼イラストレーターとして細々活動中。観劇とは全く無縁の日々を送っていたものの、数年前に演劇シーズンを取材したことをきっかけに、札幌の演劇を少しずつ観るようになる。が、まだまだ観劇レベルはど素人。2015年、仲間たちとともに短編映画を制作(脚本を担当)。故郷小樽のショートフィルムコンテストに出品し、最優秀賞を受賞したことが小さな自慢。
作家 島崎町(しまざきまち)さん

こどもが観て楽しいってことは、大人が観ても楽しいってことだよね。

劇のたまご公演「ぐりぐりグリム~シンデレラ」は、こども向けというよりは親子向けにつくっているとのこと。その言葉どおり、劇場にはこどもの歓声と大人の笑い声が入りまじり、いっしょに劇を体験してた。

劇を観て感想を書くという(不純な動機で)やって来た僕にとってさえ、とても居心地のいい空間で、ああ、楽しむってこういうことなんだなと思えた。

「劇のたまご」ということはつまり、「面白さのたまご」でもある。いや、すでに面白さは生まれていた。殻を破って顔を出し、僕たちに挨拶してくれた。

冒頭、ここは劇場で、これから劇をやるんだよ、という前説がはじまる。客席後方に照明さん&音響さんがいるんだよ、スイッチを押せば、ほら、と。瞬間、舞台がまたたく間に色を変え、軽快な音楽が鳴りはじめる。

そんなこと、大人だったらだれでも知っている。だけどどうしてだろう、それだけでも心がワクワクする。あ、暗くなった、あっ、色が変わった。お、音楽が!と。

歌があってダンスがあって、笑いがある。広く知られている一般シンデレラとはちょっと違うグリム版「灰かぶり」では、なぜか鳩が大活躍! これまではお飾り的だった王子様も、本作では一番人気。みんな王子様と踊りたくなる。

こどものシンプルな情動にうったえる演出は、大人の中にある原初的衝動も刺激する。人が誰しも持つ、面白さに対する本能が揺り動かされる

こどもと親子に向けた劇だけど、いまお芝居をやっている人や、これから志す人にとっても、楽しいしいろんなことが学べるんじゃないだろうか。なんといっても大人2000円、学生1000円という演劇シーズン内では大変お得な値段なのだし(小学生500円、未就学児童は0円!)

だから、楽しくてちょっぴりヒネリのあるシンデレラを観に行こう。ひたむきな灰かぶり(熊木志保[札幌座])が待っている。とぼけた鳩(横尾寛[平和の鳩]←奇跡のような所属名)も笑える。ふたりの姉(西田薫[札幌座]、櫻井幸絵[札幌座・劇団千年王國])もわがままでチャーミング。そして、みんなの人気者、王子様(櫻井ヒロ[micelle])にも会えるよ!

台風がすぎゆき、ひたすら晴れわたる空のもと、札幌市民交流プラザの建物には、夏休みの学生たちが勉強したりダベったり。図書館や美術展に来た人や、カフェで楽しむ人たちもいてにぎわっていた(涼しいしね!)。そのなかへ、いまさっきクリエイティブスタジオでおこなわれていた『シンデレラ』を観て笑顔になった親子が混ざっていく。文化とか豊かさとか、大げさな言葉だけど、つかのまそういうことを思いつつ、僕は外に出て刺すような日差しを浴びた。暑いけど、それもすこしだけ、いいかなと思った。

島崎町(しまざきまち)
1977年、札幌生まれ。島崎友樹名義でシナリオライターとして活動し、主な作品に『討ち入りだョ!全員集合』(2005年)、『桃山おにぎり店』(2008年)、『茜色クラリネット』(2014年)など。2012年『学校の12の怖い話』で作家デビュー。2017年に長編小説『ぐるりと』をロクリン社より刊行。縦書きと横書きが同居する斬新な本として話題に。
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