ゲキカン!特別編


弦巻楽団代表 弦巻啓太さん

弦巻楽団代表の弦巻啓太と申します。これまで札幌演劇シーズンでは『死にたいヤツら』『ユー・キャント・ハリー・ラブ!』『君は素敵』『センチメンタル』を上演しています。また、札幌座のディレクターとして『ブレーメンの自由』も上演しました。なので、『ゲキカン!』を書いていただくことはあったけれど、自分が書くことになるとは思ってませんでした。今回初めて書きます。そしてきっと二度とないでしょう。

先日かでる2.7で上演された演劇シーズンの人気企画「北海道高校演劇SpecialDay」。今年はこの夏全国大会に進む帯広北高校「放課後談話」が上演されました。その本番を見せてもらいました。
物語や設定は先行して公開された島崎町さんの文章をぜひ参照してください。舞台の情報や魅力が過不足なく伝わる文章です。
自分はまさに『ゴドーを待ちながら』を思い浮かべてました。保護者の迎えを待っている二人。彼らが待っている対象は舞台上に現れはしないけれど、やっては来ます。『ゴドー』とはそこが違います。しかし、自分には二人が待ち続けているように見えました。何を?

圧巻の舞台美術が二人の背後にそびえ立っています。行き交う人々のように見えるその群像は、舞台に座り続ける二人を取り残しているように見えました。行き先が明確にある「影」の前にいる二人は、座っているだけなのに、行くあてのないさまよう人間のように見えました。
意味があるようなないような会話。自問自答した末にどこにも漏らさずに終わる心の声。
ひたすらそうした時間が積み重なり、ほんの少し彼らが抱える傷、とも言えないようなひっかかりが描かれます。しかし、ドラマは殆ど起きない。あるいは、ドラマはすでに、幕が上がった時点で「終わっている」。
高校演劇では珍しい「愉快」や「熱」や「内面吐露」で舞台上を『埋めない』演劇でした。当然です。ドラマは終わっているのですから。ドラマはすでに終わってしまっている。
しかし、僕たちは消えて無くなるわけにはいかない。
生きているのだから。生きている、気づいたらすでに。
その持て余した時間が舞台上にありました。翻ってそれは、そうとしか描けないある状況を描いてました。『ドラマ』はない。けれど『人生』がそこにある。何も高校生に限った話ではなく。

出演の二人とも素晴らしかった。技術はないかもしれない。しかし嘘をついてない澄み切った言葉が彼らの口からは出ていました。嘘という言葉が誤解を招くなら、観客を意識することのないフラットな言葉、でも良いです。何かを伝えようという下心を感じさせない存在。ただ待っているだけの二人。
それを納得し、観客に受け入れさせていたのはこの作品の中でどちらかと言うと「キャッチャー」役である多田くんの演技に負うところが大きいでしょう。長崎くんの独白の間の彼のスマホをいじってる演技は秀逸でした。本当にスマホをやってるだけの高校生に見えました。

帯広北高校さんには弦巻楽団で過去に四度、芸術鑑賞公演で伺ったことがあります。なので演劇部へワークショップにもお邪魔していて、実は昨年の10月『センチメンタル』(札幌演劇シーズン2018夏参加作品)で芸術鑑賞を行い、演劇部の皆さんとも短いながらワークショップで交流しています。
その時、地区大会のもようを映像で見せてもらったのですが、今回の公演の方が味わい深い気がしました。大空間で、実際に上演を見ているから当然かもしれません。

持て余した時間と、持て余した自由をどうして良いか分からずに佇んでいた二人が、「まあやってみるか」とラスト、発声練習を始める。
確信もなく。希望もなく。無謀でもなく。なんとなく始める。
それは言葉にならないとてもエモーショナルな瞬間でした。
葛藤や障害を乗り越えることや、心揺さぶられる熱い魂のぶつかり合いだけがエモーショナルな訳ではありません。むしろ人生に理由や大義なんかはない。何かを始める時、強い導きを感じる人間もいるでしょうが(それは幸運なことかもしれない)、そうじゃない人間だって、そうじゃないことだって沢山あります。

理由もなく、なんとなく一歩踏み出す。なんとなく始める。
しかし、その姿はなんと誠実で、なんと胸を打つのでしょう。
その姿は、感動、という言葉が安っぽく感じるほど凛としていました。

帯広北高校演劇部のみんな、顧問の加藤先生、お疲れ様でした。
素敵な時間をありがとうございます。

弦巻啓太 (つるまきけいた)
弦巻楽団代表。脚本、演出家。日本演出者協会協会員。
1976年6月6日生まれ。高校演劇部で脚本家、演出家として活動を始める。
19歳で高校演劇仲間と「シアターユニット・ヒステリックエンド」を結成。2003年退団し「弦巻楽団」を旗揚げ。
これまで31回の本公演、多くの番外公演を上演。全国各地、海外でも上演を行う。
2004年より演技指導講師として活動。以降数多くのWSを行う。
札幌座ディレクター/クラーク記念国際高校クリエイティブコース講師/日本演出者協会主催若手演出家コンクール審査員。

(代表作)
『死にたいヤツら』(2006)札幌劇場祭演劇大賞、遊戯祭06最優秀賞を受賞。
『音楽になってくれないか』(2010)札幌劇場祭脚本賞受賞。
『ナイトスイミング』(2014)札幌劇場祭観客賞(オーディエンス賞)受賞。
若手演出家コンクール2014 最優秀演出家賞(『四月になれば彼女は彼は』) 受賞
神谷演劇賞受賞(『ナイトスイミング』再演(2018)にて)
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作家/シナリオライター 島崎町(しまざきまち)さん

数十年前、僕は高校生の男子だった。彼らとおなじようにダラけていて、彼らとおなじように時間を浪費していた。

いつ終わるともしれないドロドロとした時間は無限と言ってもよく、どうやって時間をつぶしていくか、ひたすらそれだけを考えていた。

高校のあとにも人生の時間はあるのだろうけど、それははるかかなた、地平線の向こうにあって、存在は知っているけど、いつかは来るんだろうけど、想像もできない世界だった。

そんな、いつか終わる永遠を僕は生きていた。この舞台、『放課後談話』の男子ふたりも。

とある高校の放課後、廊下かひらけたスペースか、ベンチに座る男子ふたり。ひとりは演劇部の部長(多田隼脩)。部員は自分と、美術担当の女子だけ。なのでおなじくベンチに座っている長﨑(長﨑凌馬)を誘う。長﨑は弓道部だったが、ケガで競技をつづけられないでいた。

そんなふたりの45分間。ひたすらセリフだけでつないでいく。こう書くと、おなじく高校男子ふたりが無意味とも思える無駄話をつづけていくマンガ『セトウツミ』や、昨年末に札幌でも上演された『ゴドーを待ちながら』を思い浮かべる人も多いと思う。

もちろん褒め言葉として高校生版の『ゴドーを待ちながら』という形容もできるだろう。だけど僕は、『ゴドー』よりもかなり明確な目的と希望をこの舞台から感じた(『ゴドー』にも希望はあるが)。

部長である多田は、長﨑を演劇部に誘いつづける。けだるそうに座り、なんとなく誘っているように見えるが、意思は明確だ。いっぽうの長﨑は、弓道をつづけられない喪失感をかかえながら、誘いを断りつづける。早い段階で提示されるこの構図はすでに、ラストの収束と調和を保証している。つまり、おさまるところがあって、そこにむかって進んでいるのだ。劇も、ふたりも。

そういった意味でこの劇は、無限を生きるあいまいな時間に取り残された高校生ふたりの物語というよりは、しっかりスジのある、わかりやすさすらある物語と言えるはずだ。だからこそ、第68回 全道高等学校演劇発表大会で最優秀賞を受賞したんだろう。

ではなんで、僕たちはこの舞台を観て、あいまいで、建設的じゃない、延々と循環していくような不条理を感じるんだろう。

たぶんそれは、長﨑のモノローグ(語り)にあるのかもしれない。奇妙なことに冒頭と途中に彼の心の声が流れる。彼が目の前のできごとを観察し、批判し、理解しようとする内面だ。もしかしたらそれは、彼の成長やつぎへのステップを表しているものかもしれないけど、僕には時間を浪費するための遊戯に見えた。無限とも言える時間をどうやってやり過ごしていくのか、彼なりの適応だ。

長﨑の思考はなにを生み出すだろう。実のところむなしい浪費でしかない。実際、この劇のラスト、長﨑の決断は、グルグルとした思考の循環から生まれたものではなく、多田とのストレートなセリフのやりとりから発生したものだ。しかし、無限とも思える時間の中で、生産性のない循環を繰り返すことで、舞台の上に不条理が立ちあがり、フワフワとした「いつか終わる永遠」感が生まれた。この劇は、そこがよかった。

演じた長﨑凌馬のボソボソとしたしゃべりは、意図したものではないかもしれないが、なにか力を失ってしまったような感じが出ていた。いっぽう、部長を演じた多田隼脩は、ダルさたっぷりに座り、しゃべり、それでいて部への思いもあり、一本気さがにじみ出ていた。

『放課後談話』は、この劇をつくった帯広北高校演劇部の人員構成とかぶっている。部長の男子と、もうひとりは美術部の女子、そして勧誘される第3の部員。劇中、セリフだけで言及された女子部員。クレジットには「舞台美術監修・音響 沼口瑚紅」とある。おそらく、この劇を観たすべての人の心に残る、あの舞台背景を描いたのは彼女だろう。黒くシルエットになった人影が、幾人も、浮遊するように存在している絵だ。多田や長﨑の前を通りすぎる人たちの象徴なのだろうか、それとも、全国どこの高校にもいる多田や長﨑たちの姿なのだろうか。

あるいは、かつて男子高校生や女子高校生だったすべての人を表しているのか。僕たちはこの劇を観て、果てしなく時間を浪費しつづける登場人物に、かつての自分たちを投影した。その自己が、ほら、そこに映ってるよ、と言われたような気持ちになった。不思議な絵だった。

2019年1月11日(金)15時00分~15時45分 かでる2・7

島崎町(しまざきまち)
STVの連続ドラマ『桃山おにぎり店』や、琴似を舞台にした長編映画『茜色クラリネット』などのシナリオを書く。2012年『学校の12の怖い話』で作家デビュー。2017年、長編小説『ぐるりと』をロクリン社より刊行。主人公の少年と一緒に本を回すことで、現実の世界と暗闇の世界を行ったり来たりする斬新な読書体験が話題に。こんな本です→https://www.youtube.com/watch?v=7ZY2YMTAnUk
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