ゲキカン!特別編


作家/シナリオライター 島崎町(しまざきまち)さん

お腹が減った。おにぎりが食べたくなった。

観劇後、そう思ったのだから、この舞台は大成功だろう。余市紅志高校演劇部『おにぎり』は、昨年、全道高校演劇発表大会で最優秀賞と創作脚本賞を受賞した作品だ。

とある野球部、その部室。マネージャーの女子と、故障中の野球部員2人の物語(それともう1人、個性的なキャラも)。物語の核となるは部員の吉田。彼は進路に迷っている。ケガをして練習に出られないので、マネージャーの浜田と部員の勇人と3人で、おにぎりを作る。野球部員たちが食べるための大量のおにぎりだ。炊飯ジャー3つ分のおにぎりを作り終え、自分の分のおにぎりを食べたとき、彼はどんな進路を選択するのか。

1時間の上演時間のうち、前半30分は、笑いありダンスあり、会場も盛りあがった。一転して後半30分は静かに、こらえる舞台。音楽もなくセリフも最小限だ。終盤、舞台上は吉田だけになる。セリフのない時間がつづく。彼の一挙手一投足を、観客はじっと見つめる。

難しい後半を、あえてやった作・演出がすばらしい。演劇部員たちもよくそれを作りあげたと思う。そして、その30分を成立させた部員・吉田役の吉田侑樹。彼がいたからこそできた構成かもしれない。過剰な演技にならず、悩める高校生を最小限の表現で最大限表現していた。来年8月におこなわれる全国大会では、彼はもう卒業しているから別の人が演じるのだろう。それはそれで楽しみだ。演劇部や演じる人にとって、大きな挑戦だろう。乗り越える壁は、高い方が面白い。

役者は他にも、マネージャー役の浜田菜摘の、ハイテンションにならない、中くらいの位置をずっとただよう感じがよかった。じっと部員たちを見つめるマネージャーとしてのやさしさが感じられた。また、ともすれば落ち着き気味の2人に対し、もう1人の部員を演じた齋藤勇人の明るさが舞台をいいバランスに保っていた。にじみ出る、ちょっと頭悪そうだけどいいヤツ感が絶妙だった(役柄上ね)。もう1人、なに役と言っていいいのか、曽我部優が演じたあのキャラの面白さ。もうけ役だ。笑った。

『おにぎり』というタイトルからわかるように、これはお米をめぐる話でもある。観終わって、お腹が減り、おにぎりを食べたいと思った。同時に、僕たちが自然と感じる、お米に対する崇拝みたいなものはいったいなんなんだろうとも思った。崇拝、あるいは感謝だ。お米1粒に7人の神様がいると、劇中でも言っていた。進路に悩む吉田は、おにぎりを、そしてお米を見つめ、その先にいる生産者を見た。それは、これからの自分を見ることでもあった。たった1粒のお米から人生までも俯瞰する、広がりのある舞台だった。

島崎町(しまざきまち)
STVの連続ドラマ『桃山おにぎり店』や、琴似を舞台にした長編映画『茜色クラリネット』などのシナリオを書く。2012年『学校の12の怖い話』で作家デビュー。2017年、長編小説『ぐるりと』をロクリン社より刊行。主人公の少年と一緒に本を回すことで、現実の世界と暗闇の世界を行ったり来たりする斬新な読書体験が話題に。こんな本です→https://www.youtube.com/watch?v=7ZY2YMTAnUk
ドラマラヴァ― しのぴーさん

 ケータイもゲームもLINEも出て来ない。それは、とてもとても瑞々しい劇だった。青春という誰もが経験する共通の記憶を共有する素朴で飾らない等身大の芝居がそこにはあった。高校生演劇という舞台ならではの、役者たちのリアルな存在感。作品全体が醸し出すローカリティも登場する3人の人物に通底する、愛おしい時間をともに生きている友達や場所として好ましく響いている。
 劇団に所属していたこともあるという演劇愛あふれる顧問の千葉和代先生と演劇部員たちの共同作業(顧問生徒創作)で紡がれた本が実に素晴しい。前半こそ観客を温め、笑いをとるためのお約束のノリはあるが、後半から余計な芝居や台詞が削ぎ落されるかのようになくなっていく。僕たちがドラマつくりでいう、脚本のト書きにある「...」をどう役者として演じ、演出するかといういわゆる「点々芝居」ではない。黙々と部室を片づけたり、おにぎりを2個食べながらスコアブックだろうか、部活日誌だかを眺めるという、台詞も音楽もない素の無言芝居が、まさに彼らの日常の姿なのだろう。芝居の間というには長過ぎるシークエンスを清々しいまでに押し切っていて、観ている観客に様々な想像力をかき立ててくれた。同世代の観客からはくすくす笑いが沸いていたし、僕は高校時代の汗臭いサッカー部の部室やちょっと大人びた風情の長い髪がとてもきれいだったマネジャー、詩子ちゃんに憧れていた頃に引き戻されていた。実に40年以上も前の記憶が鮮やかに蘇った。
 進路に悩む、けがで故障中の2年生の野球部員、吉田(3年生で演劇部部長の吉田侑樹君)と、同じく故障中の勇人(1年生の齊藤勇人君)の2人が、マネジャーの浜田(3年生の浜田菜摘さん)の手伝いで、補食(この言葉の響きにやられてしまった)のおにぎりを作るという話。客席正面の空間を見立てた部室の窓を開けた時にだけ音響効果として聞こえる、練習中の球を打つ音やかけ声が、部室と遠景としてのグラウンドの距離感を引き立てる。実はおにぎりの米は吉田の家、吉田農園から差し入れられたものだった。「このおにぎりめっちゃおいしい」と言ってから、マネジャーから知らされる何気ないエピソードが、前述した吉田のとても長い無言芝居を見事に引っ張って行く。かすかな表情の変化さえ雄弁だ。伏線を回収するということなのだけれど、これは役者が高校生でなければ成立しないだろうと感じ入った。
 部室に入る時に、「失礼します!」と一礼して入る、退出する際も「失礼しました!」と言う折目正しさ。舞台に人物がいなくってカラになる場面も時折あった。これは、物語の裏主人公である「部室」の匂いを際立たせていたように思う。状況が作り出す空気感の微妙な変化は、ゆっくりとほどけていく吉田の心象の変化と重なっていく。しみじみとおにぎりを食べ終わった吉田が、部室の窓を開け、仲間たちに「今行くから!」と声をかけ、「失礼しました!」と誰もいない部室に一礼してハケていくというピュアな終劇。ほんの少しだけれども、確かな少年の成長を感じさせる心地良い余韻が、僕自身忘れていただろう心の大切な場所へすーっときれいな放物線を描いて落ちた。吉田たち野球部員の汗が染み付いた見えないボールが飛んできたようだった。
 北海道の高校演劇部の活動は盛んだと聞いたことがある。今回の北海道余市紅志高校は、開学こそ2010年と歴史は浅いが、すぐに演劇同好会が設立されて、翌年2012年に演劇部に昇格。なんとその年に、既成脚本で高文連全道演劇発表大会に挑戦して後志大会で優秀賞、審査員特別賞をかっさらったそうだ。以降も全道大会出場含め連続して受賞しているというから、実は強豪校と言えるのだろう。生徒たちはもちろんのこと、歴代、顧問として指導にあたってこられた先生たちの情熱の賜物だ。去年の全道大会で最優秀賞と創作脚本賞をW受賞したこの「おにぎり」は、今年夏の全国大会で上演されることになっている。まさに演劇甲子園出場高なのだ。しかし、残念なことに3年生は卒業してしまった後である。今回の札幌演劇シーズン「北海道高校演劇 Special Day」での上演(かでる2・7!)は、生徒たちへの素敵なプレゼントになったことだろう。今年は初めてソワレが設けられ、僕のような普通の演劇ファンも堪能することができた。終演後、顧問の千葉先生から主演の演劇部部長・吉田君が、「札幌って大都会なんですね!」と驚いていると聞いて、そういう高校生がまだいる北海道は素敵だ、と思ってしまった。卒業しても演劇への愛情を忘れないでまっすぐな大人になって下さいね。
 今、演劇界で一番注目を集める劇作家・演出家の一人である藤田貴人は、伊達市生まれで地元の高校卒業まで演劇にどっぷり浸かり、東京の大学でも演劇を専攻し在学中に結成・旗揚げしたのが 、去年の札幌国際芸術祭特別プログラムとして招かれたマームとジプシーである。実は札幌初上演だった。藤田自身「敬遠していた」という札幌を気に入ってくれたのか、新作の全国ツアーで札幌にまたやって来てくれる。こうやって、高校演劇人たちのDNAが引き継がれていく。やるな、高校生。札幌の演劇人たちもせっかくの機会なので会場に足を運んで、自らの「初心」を思い出す鏡にして欲しいと思う。北海道余市紅志高校の皆さん、全国大会でも直球勝負して、ぜひ優勝して、故郷に凱旋して下さいね!

ドラマラヴァ― しのぴー
四宮康雅、HTB北海道テレビ勤務のテレビマン。札幌在住歴27年目にしてソウルは未だ大阪人。1999年からスペシャルドラマのプロデューサーを9年間担当。文化庁芸術祭賞、日本民間放送連盟賞、ギャラクシー賞など国内外での受賞歴も多く、ファイナリスト入賞作品もある米国際エミー賞ではドラマ部門の審査員を3度務めた。劇作家・演出家の鄭義信作品と故蜷川幸雄演出のシェークスピア劇を敬愛するイタリアンワインラヴァ―。一般社団法人 放送人の会会員。著書に「昭和最後の日 テレビ報道は何を伝えたか」(新潮文庫刊)。

北海道余市紅志高校「おにぎり」の舞台写真。
来年夏の全国大会に向け協力金のお願いも。ご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。
当日は弦巻楽団「ユー・キャント・ハリーラブ!」に出演の永井秀樹さん(青年団)や
作・演出の弦巻啓太さんを交えトークショーも行いました。

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