ゲキカン!


ドラマラヴァ― しのぴーさん

 再演を前提としている札幌演劇シーズンの中で、きっと伝説になるかもしれない新しい風が吹いた芝居だった。劇作家の著名性、シグナチャーはいろんな意味で議論されるべきだと僕はいつも思っている。それは、作家は言葉と戦い、言葉を産んで、それを役者という身体性を通して観客に届ける仕事だと思うからだ。弦巻には彼の「ワールド」を代表するいくつかの作品群があるが、「ハリラブ」は、2005年の初演から今回が実に5回目(再演)という、文字通りのレパートリー。僕の観たのは初日だったけれど、その仕上がりだけを観ても、弦巻の「名刺」に相応しい芝居ではなかっただろうか。
 役者陣が今回も素晴らしい。キャスティングの組み替えは勇気が伴うのだろうけれども、役者同士の相性というのだろうか、間合いも含めた際立った台詞のやりとりのリズム感には、観客の意識下の先読みをいい意味で裏切っていくようなケミストリーが生まれていた。今回、初演から4回も演じた松本直人に代わって奥坂教授にキャスティングされた青年団の永井秀樹の佇まいが実に趣があっていい。恋愛経験ゼロの中年チェリーボーイ。シェークスピアを研究しながら恋愛劇をことごとく唾棄してみせるという人物設定は、永井になったことで(役者の実年齢が変わった)、ファルス的享楽を拒んできた男という性的な裏の彫り込みも感じられたし、人と関係性を結ぶことの不器用さがよりくっきりと現れて、永井の奥坂教授は哀感と滑稽さをたっぷりに魅せてくれた。
 奥坂教授をめぐる4人のフォーメーションがとてもチャーミングだ。教授がたった1秒で恋に落ちた冬樹里絵役の岩杉夏。岩杉も初演から数えると3代目のヒロイン。岩杉の身体性で、乙女チックで未だに夢見る純文学女子でいながら、実はダメンズ好きの恋愛至上主義者という振れ幅をきちんと見せているから、最後の教授の台詞にたどり着けるのではないだろうか。里絵の友人で「セロリ通信」編集者の小林なるみ。物語の柱を支えて実に貫禄である。寡黙で表情芝居のない小林も好きだけれど、彼女のセロリ暴れぶりは僕の想像の中で学食を完全に破壊していて、そんな小林も楽しかった。奥坂研究室の研究生を演じた遠藤洋平は、去年のTGR「月ノツカイ」で主人公の挫折感と屈折感を見事に演じて評価されたが、芝居の懐の深さを見せてくれた。奥坂の姪で助手兼秘書ののり子役の柴田知佳(2106年シーズンでは深津尚未)は、いわば教授の人物説明も担うポジショニングでもあるけれど、芝居巧者ぶりを発揮してしっかりと劇に刺さっていた。女優として道具の大きな柴田の存在感は、タブローの陰影に沈んでいても、ちゃんと感じることができた。
 弦巻のコメディーはよくウェルメイドのという形容詞がつくことが多いが、手元のCobuid(英英)辞書には言葉がないので、ウェルメイドというのは曖昧なジャパニーズイングリッシュかもしれない。この「ユー・キャント・ハリー・ラブ!」について言えば、豊富なシェークスピア劇の知見と理解、台詞の再構築などかなりのテクニックがさりげなく、いや技法を尽くしながら羽根のように軽やかというべきだろか、劇の構成と台詞の妙味は何度観ても唸ってしまう。特に、「ロミオとジュリエット」の特別講義の2度にわたるシークエンスは白眉だろう。個人的には、幼いゆえに愛と信じ純粋と信じた愚かな少女と少年の疾走と破滅的悲劇譚だと思うけれれど、奥坂教授の解説に同意するところもなきにしもあらず。カート・ヴォネガットの名言、「愛は負けるけれど親切は勝つ」を思い出してしまった。
 思わず奥坂教授(里絵ではない)を心から応援したくなるハッピーエンディング。でも、ちょっと待てよ。この夫婦、きっと長くは持たないだろう。教授がファルス的覚醒を起こすか、里絵を永遠にアモーレと崇めてロミオではないけれども盲目愛という名の奴隷になるかすれば別だろうけれど。実際、恋愛の賞味期限は短い。だから弦巻はタイトルとは真逆だけれどこう言いたいのだろう。愛を止めるな。愛よ急げと。

ドラマラヴァ― しのぴー
四宮康雅、HTB北海道テレビ勤務のテレビマン。札幌在住歴27年目にしてソウルは未だ大阪人。1999年からスペシャルドラマのプロデューサーを9年間担当。文化庁芸術祭賞、日本民間放送連盟賞、ギャラクシー賞など国内外での受賞歴も多く、ファイナリスト入賞作品もある米国際エミー賞ではドラマ部門の審査員を3度務めた。劇作家・演出家の鄭義信作品と故蜷川幸雄演出のシェークスピア劇を敬愛するイタリアンワインラヴァ―。一般社団法人 放送人の会会員。著書に「昭和最後の日 テレビ報道は何を伝えたか」(新潮文庫刊)。
ライター・イラストレーター 悦永弘美(えつながひろみ)さん

「恋は幻想に過ぎない」が自説のシェイクスピア専門の大学教授が、ラジオから流れる気象予報士の声に生まれて初めての恋をするーー。

恥ずかしながら、私のシェイクスピアの知識といったら、幼い頃にロミオとジュリエットを子供向けの本で読んだことがあるくらい。劇中では多くのシェイクスピア作品の引用がされるだろうし、こんなにも無知の状態で挑んでも大丈夫なものなのか、とあらすじを読んで実は一抹の不安を抱いていた。けれどいざ蓋を開けてみたらば、そんな心配は全くの無用で。もう、気持ちが良いくらいに心の底から楽しめた!!!!!!!のだ。

素晴らしい舞台美術や、音楽、照明、生き生きと振り切った役者陣etc……どこをどうとっても魅力だらけ。恋に暴走する教授によるロミオとジュリエットの解釈には膝を叩いて笑ったし、月と地球の物語には思わずホロリ。恋って必死で、どうしようもなく滑稽で、素敵なものだよなぁ。私も教授のような偏屈で不器用でまっすぐで、ピュアな人に恋をされたい!と、すっかりそんなモードになってしまった。帰り道なんて、軽いスキップをしたほどに、だ。

突然の余談だが、私の人生初の観劇は東京に住んでいた頃で、友人が所属していた小さな劇団のオリジナル作品だった。内容がよくわからず、舞台上の熱量にもついてゆけず、ただただ戸惑い、ヘトヘトに疲れてしまい、以来、私は演劇というものにあまり関わらない人生を送ってきた。けれど、もし人生初の観劇がこの『ユー・キャント・ハリー・ラブ!』だったのならば、間違いなく演劇の世界にハマっていただろう。それほどまでに、楽しさや喜びとともに、大団円まで一気にすべての客を引っ張ってゆく引力がこの作品にはある。

終演後、脚本を購入しウキウキと帰りの列車の中で読んでみた。観てきたばかりだというのに、やはりとんでもなく面白くて、すぐに奥坂教授たちに会いたくなり困ってしまった。

大げさではなく、こんなに笑って、ときめいて、楽しい舞台が観れるだなんて!と、私は札幌の街がまた少し好きになった。

悦永弘美(えつながひろみ)
1981年、小樽市出身。東京の音楽雑誌の編集者を経て、現在はフリーのライター兼イラストレーターとして細々活動中。観劇とは全く無縁の日々を送っていたものの、数年前に演劇シーズンを取材したことをきっかけに、札幌の演劇を少しずつ観るようになる。が、まだまだ観劇レベルはど素人。2015年、仲間たちとともに短編映画を制作(脚本を担当)。故郷小樽のショートフィルムコンテストに出品し、最優秀賞を受賞したことが小さな自慢。
作家/シナリオライター 島崎町(しまざきまち)さん

堂々たる舞台だ。ちゃんと笑えて、いい気持ちにさせて、客を満足させて家路につかせる。観ただけで人生が少し豊かになる、そんな舞台が札幌にあることがうれしい。

札幌演劇シーズンのレパートリー作品として再演される本作は、今回なんと5度目の公演。これだけでもう面白いに決まってる。もし「札幌演劇シナリオ傑作選」なるものが出版されたら、まっさきに載せられるべき作品、それが『ユー・キャント・ハリー・ラブ!』だ。

2005年の初演と2016年の演劇シーズン公演も観ているのだけど、観れば観るほどこの作品の良さは増す。そういった意味では、以前観た人にこそもう一度観てもらいたい作品だ。

特に今回は、主役が代わった。これまでこの作品を支え、2016年の演劇シーズンに主演男優賞があれば受賞間違いなしだったであろう松本直人に代わり、東京から青年団の永井秀樹を招いた。

大丈夫なのか? 僕たちは松本直人を観に来てたんだぞ、という懸念はまったくの杞憂だ。これまでの初老、奥坂教授から、生き生きとした若さも感じる中年奥坂になり、舞台は躍動感が増した。

なにより面白いことに、新しい配役を観ることで、過去の舞台までも輝いてくる。かつて観た松本バージョンの『ユー・キャント〜』を思いだし、現在と比較し、両者を楽しみあうのだ。

再演の良さが、まさにこれだ。同じ脚本を違う演出や異なる配役で観ることで、多面的な視点から眺められ、立体的に楽しめる。

作・演出の弦巻啓太がパンフレットに書いているように、僕も様々な演出家や役者のバージョンを観てみたい。シェークスピアの脚本が古今東西、いろんな人の手によって解釈や実験を積み重ねられてきたように、この脚本も新しい試みや大胆なチャレンジに耐えうるはずだ。

落語や歌舞伎など日本の古典も、演者が変わることによって作品本体の滋味を味わう。札幌オリジナルの作品で、そういう古典が現在進行形で生まれ育っているのを体験できる、それが札幌演劇シーズンなんだなと、そろそろようやく、僕は気づいた。

島崎町(しまざきまち)
STVの連続ドラマ『桃山おにぎり店』や、琴似を舞台にした長編映画『茜色クラリネット』などのシナリオを書く。2012年『学校の12の怖い話』で作家デビュー。2017年、長編小説『ぐるりと』をロクリン社より刊行。主人公の少年と一緒に本を回すことで、現実の世界と暗闇の世界を行ったり来たりする斬新な読書体験が話題に。こんな本です→https://www.youtube.com/watch?v=7ZY2YMTAnUk
pagetop