ゲキカン!


ライター・イラストレーター 悦永弘美(えつながひろみ)さん

実は私、時代劇はあまり観ない人で。テレビで時代劇が流れてもほとんど無意識にチャンネルを変えるほどの無関心。今回の演劇シーズンの大トリが時代劇コメディと聞き、ついに苦手なものがやってきた!と少し構えての観劇だったのだが、結果は言わずもがな、そんな心配は当然杞憂に終わった。

もう、最初から最後までずっと面白い。

ド派手な照明や、映像を取り入れた抱腹絶倒の演出など、これでもかと張り巡らされた笑いの仕掛けにまんまとハマり、終始大爆笑。役者陣の魅力も炸裂で、小林エレキさん扮する八兵衛がまた素晴らしい。病の影がありながらも悲愴はなく、色っぽさの加減がなんとも絶妙。薬を飲み下したり、茶をすすったりと細かな所作がなんとも粋で、観ていてとても心地がよかった。急須や湯飲み、障子の向こうに広がる海など、舞台装置の素晴らしもまた、舞台をより一層生き生きとさせていた。

テンポの良いドタバタ喜劇ではあるけれど、随所でしみじみともさせられた。

なかでも討ち入り前の大石蔵之助とその息子の大石主税の存在は、物語にかけがえのない深みを与えていた。

大いに笑い、時にしみじみ。観終わった後は誰かとこの思いを共有したくなる。そして、この世で面白おかしく生きてゆくことの尊さを強く思う。

演劇シーズン2018冬の大トリにふさわしい、あっぱれ、痛快、見事な舞台だった。

悦永弘美(えつながひろみ)
1981年、小樽市出身。東京の音楽雑誌の編集者を経て、現在はフリーのライター兼イラストレーターとして細々活動中。観劇とは全く無縁の日々を送っていたものの、数年前に演劇シーズンを取材したことをきっかけに、札幌の演劇を少しずつ観るようになる。が、まだまだ観劇レベルはど素人。2015年、仲間たちとともに短編映画を制作(脚本を担当)。故郷小樽のショートフィルムコンテストに出品し、最優秀賞を受賞したことが小さな自慢。
作家/シナリオライター 島崎町(しまざきまち)さん

『ちゃっかり八兵衛』は1995年、劇団M.O.P.の舞台として公演された。作・演出はマキノノゾミ。その脚本が2001年、旧コンカリーニョで紅千鶴(斉藤ちず)の演出で公演され、好評を博し、翌年すぐに再演された。

僕は、2002年の再演版を観ている。当時生意気盛りだった20代前半の僕が観ても、わっ、面白い、と圧倒されたことを覚えている。手練れの役者たちが繰りひろげる、軽妙で大胆でサービス満点の舞台。江戸文化と多国籍文化が融合したような雰囲気は、現代版の見世物小屋、まさに庶民の娯楽、といった感じだった。

大げさに言うなら札幌演劇界の伝説だったこの作品が、2016年、TGR札幌劇場祭で復活した。演出は南参(yhs)。2002年の『ちゃっかり〜』では大石内蔵助の息子・主税(ちから)を演じていたが、十数年のときをへて、演出となった。

それから1年2ヶ月後。演劇シーズンで早くも再演である。旧コンカリ版のような多国籍チャンプルー感はないが、江戸の世界に客を導き、しっかり笑いをとってカッチリ終わる、正当派なコメディーとして良作だ。

若かりし僕にはわからなかったが、この再演を観て、ちりばめられた落語の要素に気づく。「居残り佐平次」、「品川心中」、「たいこ腹」、「小言幸兵衛」、「明烏」、「三方一両損」などなど。

また、『ちゃっかり〜』は「居残り佐平次」を下敷きにしていると説明されているが、日活映画『幕末太陽傳』を改変した作品と言った方がいいだろう。幕末、品川遊郭で金が払えず居残りをつづける佐平次は、持ち前の器用さでつぎつぎにトラブルを解決していく。しかし同じ郭には、異人館焼き討ちを計画する高杉晋作ら一派がいて……という内容。時代を元禄に、高杉晋作を大石内蔵助に変え、いっそうにぎやかにしたのが本作だ。

『幕末太陽傳』は、監督と脚本を兼ねている川島雄三がALS(筋萎縮性側索硬化症)であり、病気や死が影のように忍び寄る。川島の好きな言葉は、于武陵の詩(の井伏鱒二訳)「『サヨナラ』ダケガ人生ダ」だった。

しかしそれを下敷きにした『ちゃっかり〜』は、主人公がときどき咳き込み、死の匂いもあるにはあるが、こいつは絶対死なないな感がある。暗い憂いを、笑いでもってあっけらかんと振りはらう。まるで「笑イダケガ人生ダ」とでも言うように。

笑いを生む役者たちも良かった。小林エレキ(yhs)は堂々たる主役っぷり。着物姿に色気がある。榮田佳子(劇団千年王國)は、悲しみを秘めながら笑い飛ばそうとする演技が絶品だ。棚田満(劇団怪獣無法地帯)、 長流3平(3ペェ団札幌)の芸達者ぶりがこの舞台を支えた。舞台で遊ぶ、とはこういうことなんだな。もっとやってくれと思った。大石主税を演じた、さとうみきと(座・れら)はフレッシュで、一本気な若者をうまく演じた(増田駿亮[ゆりいか演劇塾]とのダブルキャスト)。前田透(劇団・木製ボイジャー14号)は断片的にしか出てこない難しい5役をこなし存在感があった。深浦佑太(プラズマダイバーズ)は一番の好演。6役を演じ、どれもハズレなし。爬虫類的なクセのある演技で、笑いを巻き起こしていた。

本作は、2時間があっという間に感じられる笑いのエンターテイメント。回を重ねるごとに煮詰まって濃くなっていくだろう。多くの人に楽しんでもらいたい。


※最初に掲載した内容を一部訂正しています。筆者は初演を観劇し、大石主税役は南参さんと書いていましたが、記憶違いでした。観劇したのは2002年に再演されたものでした。その際に大石主税を演じたのは南参さんで間違いないのですが、北海道初演の2001年に、大石主税を演じていたのは三戸部大峰さんになります。大変申し訳ありませんでした。訂正してお詫びいたします。

島崎町(しまざきまち)
STVの連続ドラマ『桃山おにぎり店』や、琴似を舞台にした長編映画『茜色クラリネット』などのシナリオを書く。2012年『学校の12の怖い話』で作家デビュー。2017年、長編小説『ぐるりと』をロクリン社より刊行。主人公の少年と一緒に本を回すことで、現実の世界と暗闇の世界を行ったり来たりする斬新な読書体験が話題に。こんな本です→https://www.youtube.com/watch?v=7ZY2YMTAnUk
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