ゲキカン!


図書情報専門員 本間 恵さん

平凡なタクシー運転手、佐藤ヒロシが平凡じゃなく送る重婚生活が危機に陥る。登場するすべての姓名が佐藤というややこしい状況に翻弄されつつ助けられもし、上階に住む佐藤タロウを巻き込んで、なんとか二人の妻にウソを突き通そうと、これでもか、これでもかとジタバタあがく佐藤ヒロシの運命や如何に…。

初日、開場のたった5分後にもかかわらず、客席が7割方は埋まっていてびっくり!舞台はもともと俯瞰気味に観るのが好きなのでいつものように後方に座ったけれど、今回ばかりは前の方に座りたかったなぁと途中で後悔した。
なぜって? 役者のセリフが観客の笑い声にのみこまれ、かき消されるほどの爆笑に次ぐ爆笑の連続だったから!
ほんとにね、このままお話が転がり続けたら、いったいどうやって落とし前をつけるんだ?と心配になるくらい客席をあおりまくる納谷真大氏の脚色・演出、そして演技だった!

レイ・クーニー原作の「Run for your wife」では、スミス氏が右往左往する。でも全員がスミス姓ではない。まずはスミスを佐藤に置き換え、ほかの人物の姓もみな佐藤さんにしてしまった納谷氏のセンスが光る。
このお芝居を観るのは、2007年の富良野、札幌サンピアザ劇場で観劇して以来3度目だ。2014年夏の再演は観られなかったので、タロウの妹ハナコが登場するバージョンは、私は今回が初めてだったかと思う。原作には登場しないこの佐藤ハナコの設定が、拡がるにいいだけ拡がったウソを収拾に向かわせるキーマンになっていて、これはこれでアリだなぁと思った。殊に終盤。ハナコの弾けっぷりが、ただのギャル(言い方が古くてすみません…)ではなかったんだとしんみりさせられたあの瞬間…。やられたなぁ。ハナコ役の廣瀬詩映莉さんがもうすばらしい。私は彼女の「発見」が遅くて、川尻恵太氏脚本・演出の「れっとうのはて」のすこみ役で度胆を抜かれたのだが、彼女にはこのまま自由奔放な役者さんでいてほしいなぁ。
小林エレキ氏の佐藤巡査長も好かった。このお芝居には鹿児島弁もどきや東北なまりなど、古来の笑劇お約束みたいなしかけがいろいろあったと思うのだが、それらのしかけが下品じゃないのがよかったなぁ。役者の力か、演出の技なのか…。下ネタで笑うのはなんかもういいやと私は思うのだ。あとが虚しいんだもん。笑うんなら、今回のタロウの甚平の背中の色が変わるくらいの…役者の汗だくの演技に感服して、ワッハッハと笑いたいものだ。

演出について。「あっちこっち佐藤さん」を富良野で最初に観た時に、面白かったけれど役者の間合いの取り方とかセリフの呼吸がみ〜んな納谷氏のそれと似ているようで気になり、アンケートに書いた。それがサンピアザで観た時にはまるで気にならなくなっていて、役者ってすごいなぁと思ったものだが、この「みんな納谷さんのよう…」と感じることは実はその後も納谷演出では時々あって、影響力のある役者さんだから、そうなっちゃうのも仕方がないのかなぁと思っていた。それが最近は感じられなくなっていたのだけど、パンフレットにはさみこまれていた冊子の出演者対談を読んで納得した。納谷氏、役者に求める演出方法を変えたとあった。それ、成功してますよ、納谷さん!

さて、あっちこっちで大絶賛の嵐の本作だけど、だからこそあえて物足りなく感じた私見を最後に少し。
佐藤ヒロシはどう落とし前をつけたのだろう? と期待したラストが、私にはちょっと物足りなかったなぁ。
せっかく新たに現代的で魅力的なハナコ役を用意してレイ・クーニーにはない味わいを付加し、拡げた大風呂敷をたたみにかかるのに、あのオチだけが80年代のジェンダー観そのまんまだったなぁって気がして…。たとえばヒロシの立場を女性に、和子、幸子の立場を男性にとジェンダーを入れ替え想像してみると…あれで納得させられるかな? 役者陣が大熱演だっただけに私にはなんともやるせなく、かつちょっと残念だった次第。原作みたいに頃あいよく締めるには「あっちこっち佐藤さん」笑わせすぎたか…。コメディーなんだから肩の力を抜いてただ楽しめばいいんだよって? でもなぁ…というさみしさがやはり残ったので正直に。や、私見ですが。
とにもかくにもイレブンナイン、変化することを恐れない演劇人たちの舞台、今後も大いに期待したい。

※「あっちこっち佐藤さん」の原作、「ラン・フォー・ユア・ワイフ」所収 レイ・クーニー著/小田島雄志・恒志訳『レイ・クーニー笑劇集』劇書房1994年刊は、札幌の図書館に所蔵があります。納谷脚色と読み比べたい方はどうぞご予約を!

本間 恵
図書情報専門員。札幌市中央図書館調査相談係にて郷土資料を担当。遠い高校時代は演劇部。
プライベートでは、映画『海炭市叙景』製作実行委員会・同北海道応援団や原作の復刊、人気公開句会ライブ『東京マッハ』の番外編『札幌マッハ』のプロデュースなどに携わる。2012年から3年間、TGR審査員。)
作家/シナリオライター 島崎町さん

圧倒的。圧倒的舞台。

観終わったあと、僕はめまいがして頭が痛くなった。それくらいの圧倒。イレブンナイン『あっちこっち佐藤さん』は、とにかくおかしく、ひたすら笑え、どこを切っても面白く、楽しさと喜びと笑いに満ちた最高の2時間だった。

まるで、笑いが絶えると舞台が死んでしまうとでもいうように、秒単位で笑いを入れてくる怒濤の展開。かでる2・7をびっしり埋めたおよそ500人の観客は、息つく間もなく笑いまくり、僕の席の近くにいた客は、笑いすぎて呼吸がおかしくなっていた。笑いで人を殺すことができると別役実がどこかで書いていたが、イレブンナインの手にかかれば、あながちない話じゃないぞと僕は思った。

主人公・佐藤ヒロシは2人の妻を持っている。重婚というたった1つのウソを隠そうとするため、大量のウソが積み重ねられ、それがもとで膨大な数のズレが生まれていく。佐藤ヒロシの重婚を隠し、手助けをすることになるお隣の佐藤さんことタロウは、ヒロシのためにひたすら場を取りつくろうのだが、これがまさに火に油。彼がしゃべればしゃべるほど、動けば動くほど話はややこしくなり、からまった糸はさらに複雑になってしまう。

きっとタロウがいなかったらもっと穏当な展開になって、あっけなく終わっていただろう。だからこそ僕たち観客は、話をややこしくしてくれて膨大な笑いを生み出してくれたタロウに感謝するのだ。

そのタロウを演じているのが本作の脚色・演出もつとめる納谷真大で(江田由紀浩とのダブルキャスト)、とにかくこの公演を成功させたいという演出家の姿と、ヒロシのウソを隠し通そうと奮闘するタロウの姿が重なりあって、ちょっとほかの舞台でも観たこともないような異常なテンションと異様な迫力だった。

納谷の好演(怪演)は同時に、ダブルキャストの江田バージョンではどうなるんだろう?という好奇心も生み出す。ヒロシ役もダブルキャストで、藤尾仁志(オクラホマ)と明逸人が演じる。ヒロシ×タロウの組み合わせは4通りで、すべてのバージョンを観たくなる。

今回、かでるという広い会場で、たくさんの観客と一緒に観るというのも重要で、笑いや感情が通常よりも何倍、何十倍にも増幅される。まるで観客全員が1つの塊のように一体化して、どっと笑ったり、感情をたかぶらせ、劇の途中に拍手まで起こっていた。みんなで一緒に観て一緒に笑う、最高の観劇体験だった。

最後に。おそらくこの舞台は札幌の演劇史に残るだろう。それくらいの作品だ。ただ1つ、僕はラストにだけ不満を持った。(※以降ネタバレはしませんが、まだ観劇してない方は読まない方がいいです)笑いのつるべうち、まったく隙のない作品が、最後になって突如、理性でオチがついてしまったように思われた。なにか作為的で、すごくもったいない気がした(2人の妻の気持ちをいいように操作したような)。人に聞いた話だと原作とは展開が違うそうだ。原作がどういう終わり方なのかわからないが、少なくとも『あっちこっち佐藤さん』は怒濤の笑いと圧倒的なテンションの作品なのだから、うまい着地など気にせずに、主人公・佐藤ヒロシが汗と涙とウソと笑いまみれになってバッタバタしながら終わってもいいんじゃないだろうか。この作品がゆるぎない大傑作であることに変わりはないが、ラストだけそう思った。

島崎町
1977年、札幌生まれ。島崎友樹名義でシナリオライターとして活動し、主な作品に『討ち入りだョ!全員集合』(2005年)、『桃山おにぎり店』(2008年)、『茜色クラリネット』(2014年)など。2012年『学校の12の怖い話』で作家デビュー。今年6月、長編小説『ぐるりと』をロクリン社より刊行。主人公の少年と一緒に本を回すことで、現実の世界と暗闇の世界を行ったり来たりする斬新な読書体験が話題に。
ドラマラヴァ― しのぴーさん

 本良し、役者良し、芝居良し。2014年シーズン夏も観ているけれど、さすがレパートリーの真骨頂だった。札幌で観られる劇のトップクオリティを象徴する作品。そして、イレブンナインのコメディ代表作だろう。野球に例えれば、「真っすぐで押せる」作品自体のパワーと演出や役者力といった技巧の両方が素晴らしく両輪している。劇の完成度もさることながら、作・演出家の納谷真大の芝居への愛情がほとばしり出ていた。
 原作はイギリスの笑劇作家、レイ・クーニーの「Run for Your Wife」。重婚している個人タクシーのドライバーが、コトが露見しないよう両方の妻の間で右往左往するコメディだ。富良野塾時代に納谷はこの原作と出会い、設定を札幌に変えて富良野塾のOBらと上演にこぎつける。師匠の倉本聰は「こんな劇は上演すべきじゃない」と大そうお怒りだったそうだが、札幌劇場祭TGR2007でなんと演劇大賞をかっさらってしまう。再演は、現在のイレブンナインのシステムに変わってからで、前述した札幌演劇シーズン2014-夏-。TGR大賞作品でも再演に7年もかかっている。初演でホームランを打ってしまったものだから再演に必勝を期したということかもしれない。つまり、今回のレパートリー公演は再々演となる。納谷は、『あっちこっち佐藤さん』の習作として『イージー・ライアー』という芝居まで書いている。『イージー・ライアー』は、結婚式を翌日に控えた同棲カップルの前に、3年前に心ならずも別れた元カレが帰ってくるというお話。主人公はヒロインだが、終始、男性側の目線で芝居は進み、レイ・クーニーのテイストの抽出にかなり成功している。『あっちこっち佐藤さん』は、納谷の作家としての原点のような芝居なのかもしれない。
 僕の観た回は、佐藤ヒロシが明逸人、お隣の佐藤タロウが納谷と鉄板だったが、次回はぜひ座長を務めるオクラホマの藤尾仁志のヒロシと納谷のタロウで観たい。藤尾はストレートプレイの舞台は数年ぶりのはず。完全アウェイで臨む芝居に期待しよう。再演で原作にはない人物として書き加えられたタロウの妹ハナコ(廣瀬詩映莉)のパワーアップさがやはり劇に刺さって絶妙だ。再演時、高校生だった廣瀬もハタチ。芸歴長くなったねと感慨深い。ヒロシを疑って管轄外の捜査までする小林エレキ演じる佐藤巡査長も味わい深い。巡査長という微妙な階級やどこか田舎を思わせる訛りぶりなどかなりディテールが彫られていて、哀愁あふれるエレキの独壇場が楽しめる。そして、東京から参戦の佐藤カズコ役、小野真弓も芝居巧者でびっくり。誰のキャスティングなのだろうか。目利きを証明してみせた。
その場しのぎで逃げ切りを図ろうとするヒロシの嘘の上塗りは、当然のことだけれど悪い方向へと雪だるま式に膨らんで、終幕のカズコ妻マンションでの大修羅場へ人物が勢ぞろいする。人物の修羅場に上の階に住んでいるオネエ3人組(実はヒロシを取材した新聞記者たち、わんわんズの石川哲也、由村鯨太、田中春彦)の部屋から青いペンキがキッチンに漏れて落ちてくるという切迫した状況を重ねるこのシークエンスの爆発力が大好きだ。ハナコの放つ台詞も、佐藤巡査長の台詞も心に染みる。そして、「ウソつくんだったら、最後までバレないうようについて下さい」という妻カズコ、「それってあたしメッチャ傷つく?悲しむ?」とヒロシの告白に待ったをかける妻サチコ(小島達子)がとどめを刺す。そして、暗転後のエピローグ。シャンパングラスを手にした2人の妻。わかっているけれど秀逸だ。秘密のない夫婦などないし、ましてや嘘のない夫なんかもっといない。でも、すべてお見通しなのだ。あるある感たっぷりの「妻」というものの圧倒力。怖いですねぇ、やっぱり。
2時間を全力疾走するようなこのお芝居。役者がかいている汗染みまで観客席から見える。これぞ、再現性のない演劇でしか提示しえないライブ感。シズルに満ちた渾身の一作。
札幌でこのお芝居を観れることを誇りに思いたい。

追伸
今回は、ハコの大きさを考えて、開演の10分くらい前から観客の温めからイントロ込みの「アヤ」がついている。イレブンと言えば…そう、あのおばあちゃん。両方の佐藤家の大家姉妹(上總真奈、澤田未来)に、どれだけの観客が反応したかわからなかったけれど、テレビドラマ史上最も有名な台詞、「ジュリーィィィ!!」を叫ばせ身悶えさせていた。ああいう瞬間芸みたいなものはもう少し抑え目に、本当に必要な場面で切れ味良くスパッと出して欲しかったけれど、僕の世代ではドツボだったことを告白しておきます。

ドラマラヴァ― しのぴー
四宮康雅、HTB北海道テレビ勤務のテレビマン。札幌在住歴27年目にしてソウルは未だ大阪人。1999年からスペシャルドラマのプロデューサーを9年間担当。文化庁芸術祭賞、日本民間放送連盟賞、ギャラクシー賞など国内外での受賞歴も多く、ファイナリスト入賞作品もある米国際エミー賞ではドラマ部門の審査員を3度務めた。劇作家・演出家の鄭義信作品と故蜷川幸雄演出のシェークスピア劇を敬愛するイタリアンワインラヴァ―。一般社団法人 放送人の会会員。著書に「昭和最後の日 テレビ報道は何を伝えたか」(新潮文庫刊)。
札幌100マイル編集長 オサナイミカさん

札幌演劇シーズン2017‐夏のメインと言える、“あっちこっち佐藤さん”
500席ある「かでる2・7」で12公演=6000人の動員。
札幌で、そしてお盆のこの時期に、かなり高いハードルなのでは・・・と、余計なお世話ではありますが、少し心配していました。

私が足を運んだ初日の公演は満席!
そして札幌演劇シーズンのサイトを見ると、19日(土)14:00の千秋楽もすでに完売とのこと!!

なんだか少し、嬉しくなってしまいました。
というのも、先週稽古場を取材させていただいたこともあり、その際もイレブンナインの代表であり演出家、そして自らも“佐藤タロウ”として出演もしている、納谷真大氏のこの作品にかける想いを、強く感じたからです。

作品はあくまでコメディ。
「コメディって、実はシリアスな作品より難しいんだよね」と、演劇に詳しい友人が言っていたのですが、今回、あっちこっち佐藤さんを鑑賞して、確かによりパワーを使うんだなぁということを感じました。

もちろんコメディではない作品が力を抜いているわけではないのですが、人を笑わせるには、ある意味大げさにふるまわなくてはいけないシーンも多く、かといって大味な演技をしては、確実にスベるわけです。

その辺りのバランス、細かな演出、納谷さんはそれこそ全身全霊でその想いを出演者に伝え、そして誰よりもパワフルに会場全体を巻き込むほどの勢いで演じていました。

そんな納谷さんに引き込まれそうになりながらも、自分の演技を開花させていく“佐藤ヒロシ”こと、オクラホマの藤尾仁志氏。

どこにでもいる、これといって特徴のない生真面目なタクシードライバー。
“重婚”という罪を犯しつつも、どこか憎めない、なんともお人好しな男を自分のものにして、演じていました。

稽古の際は、藤尾さんが本当に真面目すぎて、佐藤ヒロシの気持ちが分からないと悩んでいたところもあったようですが、それを乗り越えた初日の演技だったのではないかと思います。

劇中は、とにかく引っ切り無しに会場から笑い声が聞こえてきます。
笑い声に引っ張られて笑ってしまう。
そして役者の演技がさらに面白くなる・・・というような雰囲気なのです。

『会場のお客さんの雰囲気が、作品を作り上げてくれる』と、お芝居が終わってから納谷さんがおっしゃっていましたが、まさにそれを実感しました。

最近、あまり笑ってないなぁと思っている方、ぜひ“あっちこっち佐藤さん”で、【笑分】チャージして下さい!!
人って、笑うことで元気になれるのです!

そして笑いは、世代の垣根を超えます。
老若男女問わず楽しめること、間違いなし!!と、声を大にして言わせていただきます。

ちなみに今回は、芝居の中心人物でもある“佐藤ヒロシ”と“佐藤タロウ”がダブルキャストなので、全部で4つのパターンがあり、きっとまた違った雰囲気で楽しめるのではないかと思うと、全パターン観てみたくなりました。

それにしても、本番前のビフォー(?)トークから、アフタートークまで本当に笑わせていただきました!!

オサナイミカ
WEB情報サイト・札幌100マイル編集長。編集長ブログ“オサナイミカのつぶやき”で、主に札幌のリアルな食の情報を発信中。 札幌生まれ・札幌育ちで、20代のころはTEAM NACSの舞台によく足を運んでいた。
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