蔵 隆司さん
『言祝ぎ』をまだご覧になっていない皆さんへ。
正月、卓袱台か銘銘膳を囲む、6畳か10畳の茶の間で繰り広げられる家族劇。観劇をするお客に静かに少しずつ、少しずつテーマを考えさせる芝居。演技らしからざる演技が展開するなかでいや応なしに僕たちは自らの想像力を動員させられ劇中に参加させられる。ひとつひとつの台詞の後を僕たちの想像力が追いかける。役者の台詞の合間に僕たちは自らの解釈を挟んでいく。いや、観客側がストーリーを構築していくといっても良いのではないか。
久しぶりに芝居の本質、そして面白さを味わった作品である。最後に役者たちの昂揚があり暗転。僕たちはジッとこのストーリーに浸り、頷きつつ拍手を送る。本当に納得する心地に浸り拍手で役者を、脚本演出のイトウワカナを讃えたいと思えた。いい芝居、芝居らしい芝居を観た。
これぞ舞台演劇。あなたも参加してみては?
NHKディレクター 東山 充裕さん
イトウワカナの魅力はなんと言っても脚本である。
まず題材の選び方が素晴らしい。『新年を祝いたくても祝えない三姉妹の元日』を描こうという発想はどこから出てくるのだろう。
そしてその三姉妹(一人は男性だけど)の様子が、イトウワカナならではの絶妙なセリフで描かれていく。特に変わったセリフではない。日常的な姉妹ならではのセリフだ。だがとても丁寧で繊細で、その登場人物にしか発することの出来ないリアルなセリフである。
それ故に、その登場人物たちがまるで実在の人物のように目の前に現れ、勝手に動き出すのだ。
実は、この舞台を見る前に脚本だけ読ませてもらった。
読み始めた途端、私の目の前に、登場人物である美香子や英一や愛子が現れ、語り始めた。ドキドキした。脚本を読んでいるというよりも、目の前で彼らが喋っていた。私の目の前で、彼らは笑い、困惑した表情を浮かべていた。時に遠くを見つめていた。俯いていた。静かな目をしていた。
読み終えたときには、三人を昔から知っているような気がした。彼らは私の頭の中で生き続けていた。(実はこの物語には続編がある。まったく違う設定の中、新たな登場人物たちを加えて別の物語が描かれていくのだが、そこで再び愛子と英一に会えた時にはどれほど嬉しかったことか…)
すぐにでもドラマで撮りたいと思った。セットも一つで済むから、テレビドラマとしてはかなり安い予算で撮ることが出来る。いい企画だ。イトウワカナらしい絶妙なセリフを生かして、とことんリアルなドラマが出来そうだ…。
と思っていたところで、この舞台を見た。
実際に息をし言葉を発する三人に会えたのは嬉しかった。が、「エエッ…」と驚いた。
私が思っているのとは、違う世界だった・・・。
やっぱり舞台は、奥が深い…。
編集者・ライター ドゥヴィーニュ仁央さん
仕事が19時前に終わったけど、まっすぐ家に帰る気分でもないあなたへ。
と言っても平日だし、特に決まった予定は入っていない。
あなたは考える。
街中のお店でも見て回ろうか、ネイルもそろそろ替え時だ、友達がつかまるならご飯を食べに行くのもいい...でも、私はあなたに提案したい。
「そのまま琴似に向かって、19時半までにコンカリーニョという劇場に行きなさい」と。
そこで起ることをこれから説明する。
JRなのか地下鉄なのかわからないけれど、「コンカリーニョ→(こちら)」と書かれた案内を頼りに、あなたは無事コンカリーニョに辿り着く。受付で「intro公演『言祝ぎ』」と書かれたチケットを購入する。
すぐ横のドアから中へ入ると、壁が黒く塗られただだっ広い空間の中央に、宇宙船の内部を思わせる四角い白い舞台(中心にはモニターがはめ込まれている)が設置されている。
舞台をはさんで置かれた客席の一つに座り待っていると、ふいに遠くから、染之助・染太郎のあのかけ声が聞こえてくるだろう。この雰囲気にものすごく不似合いな「おめでとうございま〜す」はどんどん大きくなり、次の瞬間、突然の暗闇と、無音。
ここで慌てず、一息ついて目を開く。舞台の上には、寝そべる女。
愛子という名前の、この女性のただならぬ笑い声にあなたはぎょっとするだろうけれど、大丈夫、怖がらないで。そのうちお姉さんも登場する。彼女は美香子。オネエ言葉を話す長男・英一もやってくる。
3人はあなたが普段話すようなことを話すけれど、時折、不思議な動きをする。
そして、彼女たちの会話が緊迫するたびに、あなたの心拍数もちょっと上がるだろう。同時に耳に飛び込んでくる、普段聞かない種類の音も、間違いなくそれを助長する。
この場所はほんの少し時間が歪んでいるので、あなたは彼女たちとともに、無限の宇宙の彼方を漂っているような感覚になるかもしれない。
気付くと、場内が明るくなっている。彼女たちは、もういない。
時計を見る。ほんの70分しか経っていない。
でも、70分前のあなたと、今のあなたは違う。多分、家に帰るまでの間も、少しあなたはフワフワしている。
翌日、会社でこの体験を同僚に話そうと思っても、きっとうまく説明できないだろう。でもきっと、仕事を終えた同僚に、あなたは言うのだ。
「そのまま琴似に向かって、19時半までにコンカリーニョという劇場に行きなさい」と。
ライター 岩﨑 真紀さん
恩田陸の小説のようだ、と思った。特定の場所に複数名が集まり、謎めいた会話を交わす。その会話から、過去の「何か」が見えてくる。そうだ、『言祝ぎ』を心理サスペンスとして観ることも可能だ。家族が語っていることは何か、語らないできたことはなにか。舞台上を区切るライトは場面によっては火の色に見えて、「炎に縁取られた台、それを囲む家族、手にしている箸、仏壇の話題」の4点セットから、私は火葬場を連想したりもした。おお、これではホラーだ。
『言祝ぎ』は、たぶん20代後半〜40歳前ぐらいの年齢の姉・兄・妹が元旦に集まり、ともにおせちを食べて語り合う、それだけの場面の芝居だ。家族ならではの「なにげない会話」の間に「なにげなくない会話」が混ざりつつ進行するので、うっかりすると物語に置き去りにされる。フラッシュバックのように再現される過去のシーンも、「過去」の明示はないので油断はできない。けれど、「ちょっとした違和感」を残すセリフをしっかりとキャッチしつなぎ合わせていけば、「家族の物語」の輪郭が見えてくる。
個人的な好みとしては、場の緊張感はもっと強いほうがおもしろい気がするし、逆にいっそ「ぐずぐずのやわやわ」でも成立するのかもしれない、とも感じる。おもしろい脚本だ。
この物語ほど刺激的ではなくとも、どこの家にも「家族だからこそ語り合わないこと」がある。言うまでもない気持ち、気付かぬふりをしているできごと、なかったこと・忘れたことにしたい事件。それをあえて語ろうとするのは、どんなときか。ちょっとしたお節介か、八つ当たりでの決壊か、経年による愛の膨張圧か。
残念ながら、妹・愛子はその理由を私には教えてくれなかった。不満だ。地味な姉・美香子もオカマの兄・英一もさまざまに雄弁なのに、愛子は語っているようで語っていないのだ。愛子は相当の不思議ちゃん設定だ。一人暮らしは長いようだが人生に区切りを付けたのはたぶん最近、でも人に言えない恋をアクセル全開、なのに「ちゃんとした家族」に憧れる。ああ、愛子の両肩を掴んで揺さぶって、「アンタ、何のつもりでこれを始めたのか、教えなさいよ!」と迫りたい。ついでに小一時間、行状についてネチネチと説教をしてやりたい(注・役者に対してではありません)。
愛子は美香子に「お姉ちゃんとお正月するために帰ってきた」という。あたりまえのことなのに、あえて言挙げされたこの言葉。その意味がわかったら、もう一度、セリフの細部を吟味しながら芝居を観てみたくなる。そう、できのいいミステリーを読み終えたとき、驚きと興奮に駆られてまた最初から読み直すように。そして実は、私のささやかな頭では物語の筋を追うことで精一杯で、映像や、象徴的に作られた舞台での人物配置の妙など、演出家の趣向をじっくりと味わう余裕がなかった。ロングランとなる「演劇シーズン」での上演なのは幸いだ。今度こそぬかりなく目配りしながら、もう一度『言祝ぎ』を観るつもりだ。
映画監督・CMディレクター 早川 渉さん
「言葉をかみしめるお芝居」
前から思っていたのだが・・・「intro」という劇団名はとても印象的で素敵だ。そして、この劇団が作る芝居の特徴をよく表している。
Intro=イントロ。この言葉から醸し出されるイメージ、それは何かとてもすばらしいことが起こる前の「序章」であり「予感」である。また、同時に「未成熟さ」であり「若さ」という単語も頭に浮かんでくる。札幌演劇シーズンの序章を飾るintroの「言祝ぎ」は、まさに未成熟で若く、そして人間の心に響く何かとても大切なものへ続く予感にみちた芝居である。
正月に長女の家に集まった3姉妹(長男はゲイをカミングアウトして女という設定)のお話。アラフォーの長女、ゲイの長男、離婚したばかりの次女。父親は他界している。母親の姿は見当たらない。どうやら家を出て行ったようだ・・・。日常的な当たり障りのない会話から、徐々に3人とこの家が抱える「闇」が見えてくる。この芝居はぜひとも最初から最後まで役者の発するセリフに耳をそばだてて観ていただきたい。大切なことがセリフで直接語られることは少ない。しかしさりげなく聞こえるセリフの一つ一つを注意深くかみしめることで、この芝居は一級のミステリーに変貌する。一つ一つの言葉がしっかりと選ばれ、適切な場所に配置されている、その感触は芝居的というよりも文学的なカタルシスに近いかもしれない。70分という芝居としては比較的短い部類なのだが、とても丁寧に紡がれた言葉の数々をしっかりとかみしめることで、この劇団がこの先に起こす(かもしれない)何かとてもすばらしい未来を予感させてくれる作品に仕上がっている。
演劇シーズンの序章を飾るintroの芝居。
おいしい食前酒をいただきました。
お客様の感想
すべてが斬新でした。客席を両側に配置し、真ん中に舞台というスタイルなので驚きました。きょうだいの中の、どうしてもとりはらえない壁が見えないはずなのに表現されていてすごかったです。(1月25日観劇/10代女性)
introの舞台は初めてみました。とてもおもしろかったです。照明やはしの使い方で3人の心の動きも表現されているようで、不思議な空間でした。1時間とは思えない濃い時間を過ごせました。(1月25日観劇/30代女性)
やはり私はこの作品が大好きだ。シアターラボの時からずっと、このセリフがみっちり詰まって、なおかつ想像力をかき立てる本作が大好きです。(1月25日観劇/40代男性)
「言祝ぎ」が進化していた!洗練されていた!あっという間に終わった。面白かった。(1月23日観劇/40代男性)
名前は知っていたのですが、ずっと観に来れなかったので期待してました。期待通り、おもしろかったです。3人とも個性がひきたっててよかったです。場面転換(?)途中、何を表現しているのかわからず観たのですが、もう1回観たらもう少しわかるような気がします。(1月23日観劇/40代女性)
脚本、舞台、ともにスリリングで緊張感が半端なかったです。音楽の使い方が好みでした。(1月21日、30代男性)
ダークなシナリオですね。でも最高です。(1月21日、40代男性)
3人の間にある距離感の表現がおもしろかった。気まずさ、歩み寄ったり離れたり。シリアスだけど言葉のリズムがよかったり、楽しめました。(1月21日、20代女性)
前観たときは3人が四角のまわりをくるくる回る印象が強くて、スピード感のある芝居だなと思った記憶があります。今回はスピード感は落ちましたが、その分ずっしりと重く心に入りました。(1月20日、50代女性)
いいもの観たー!会場のセットにとても驚いて、どうなることかと思ったら、期待以上でさらに驚きました。introさん、また観に来ます!(1月20日、30代女性)
私の家族も三人兄妹です。よく、兄妹の心理を描けていて、すばらしく面白かったです。また見に来ます!(1月19日、女性)
どの家族にも「お餅」みたいなものがあると思います。それを1時間かけて突きつけられるのは観ている側としても辛いものがありました。でも、ラストの一言で少しだけ救われました。日常生活に一度、暗幕がおりると、新鮮な気持ちになるものですね。だから演劇が好きです。(1月19日、20代女性)
ここまでの抽象舞台を初めて観ました。美術もさることながら、この着想を得たイトウワカナさんもすごいなぁと思います。大きくスコップで掘っているけどその掘る目的は儚く細やかなもの、みたいなイメージを受けました。素晴らしかったです。(1月18日、10代男性)
重要なことを見逃さないところがするどくていいです!(1月18日、50代男性)